先生は話をする前に「話し終わったら、私の腕に注目!」と、意味不明なことを言った。(話に出てくる『私』とは、先生の事です)
私が中学生の頃に、友達の田舎に泊まりに行った。確か和歌山だったかな?もしかしたら大阪かも?とりあえず近畿の南の方。そこは遊ぶところに困らなくて、近くには海があり、山があり、とにかく自然で一杯だった。約一週間泊まったんだけど、その時間が一瞬で過ぎたと錯覚するぐらい楽しかった。
いつもは夕方ぐらいには帰ってたけど、最後の一日は少しでも思い出を残そうと、夜まで海で遊んでいた。遊んでた場所から宿泊してた家までは自転車で約20分ぐらいだから、時間の事は余り気にしなかった。しかし夜の11時を過ぎ、さすがにそろそろ帰ろうという事になった。私たちはそれぞれの自転車に乗り、友達が前で私が後ろからついて行くという感じで、自転車を漕ぎ出した。 自転車を漕ぎ出してすぐに、前を行っている友達が急に止まる。
友達「何か言った?」
私「何も言ってないけど?」
友達は首を傾ける。
友達「なら、別にイイわ」
とりあえず再び前を向き、私たちは自転車を漕ぎ出した。
しかし1分も経たないうちに、また友達は自転車を止め切り出した。
友達「お前、やっぱりなんか言ったやろ?!」
私「何も言ってないわ!そもそも何が聞こえてん?」
友達「何か早口で『○○(名前?)は何処』と繰り返して言った後、放送終了後のテレビの『ザー』って感じの音が聞こえた」
私「『○○は何処』はともかく、『ザー』なんて声は出されへん」
友達「それも…そうやなw」
私たちは少し笑いながらも、さすがに二度も不思議な事が起きると怖くなり、横に並んで自転車を漕ぐ事にした。 しばらく二人並んで自転車を漕いでいて、友達が「ふっ」と後ろを向いた。私は何となく友達の顔を見てみたら、友達の顔が露骨なほどに青くなっていく事に気付いた。
私たちが使っていたその道は、50m間隔でしか街灯がなく、お世辞にも明るい道とは言えなかった。明かりと言えば、街灯と月明かりぐらい。その限られた光でも、友達の顔が青くなるのが分かった。友達は叫び声を上げながら、自転車を速く漕いだ。
私は状況が分からなかったが、友達の異様な行動に恐怖を感じ、訳も分からず自転車を速く漕いだ。 友達は私に振り向きざまに「もっと速く漕げ!速く!つかまれるぞっ!!」叫んだ言葉の意味は分からない。ただ漠然と恐怖を感じた。私は懸命に自転車を漕いだ。
私たちは5分ほど全速力で自転車を漕いだ。友達が後ろを向き、速度を落とし始めて、自転車を止めた。私もつられて自転車を止めた。友達の顔色は、さっきの青い顔から戻っていた。私は先ほど聞く間もなかった事を聞いてみようと思った。
私「いったい何があってん?」
友達「お前がどんどん離れて行くと思って後ろを向いたら、お前の1mぐらい後ろに、白っぽい服を着たおばあさんが見えた。 俺と目が合った途端に、白っぽい服がみるみる茶色くなって、お前の頭をつかもうと手を振り回してた。お前、後10cmぐらいで頭つかまれてたぞ」
私たちは泣きそうになりながらも、急いで帰ることにした。
再び自転車を漕ぎだして2,3分ほど経った時、私は自分の自転車が、友達の自転車と徐々に離れている事に気付いた。私はスピードを落としたつもりはない。友達がスピードを上げた訳でもない。まして、実は友達の自転車に変則ギアがある、というオチがある訳でもない。横に並んでいたはずの友達と、徐々に離れていく。負荷は感じないが、何か引っかかったのかと思い、後ろを見たが何もない。同じペースで自転車を漕いでいた。だけど少しずつ距離が離れていった。 少しずつ混乱していく。友達に何を伝えればいいの分からない。
「ガシッ!!」
何か金属音のような音が、後ろから聞こえた。後ろを向いた。しかしそこには、ただ暗闇が広がるだけ。 よく考えると、正確には音は真後ろではなく、後ろの下の方から聞こえた。直感的に恐怖を感じながらも、下の方に目を向けた瞬間、それは居た。
私たちが乗っていた自転車は、ママチャリと呼ばれる種類の自転車だ。それは、スタンドに手を掛けて引きずられていた。さっき友達が見たものに間違いない、白っぽい服を着たおばあさんだった。それと目が合った瞬間、着ている服が茶色く変化していく。 目線を外すことが出来ない、自転車を漕いでることすら忘れてしまった。それはスタンドに掛けていた手を上にあげ、荷台の方に手を掛けた。そして、荷台に掛けた手を更に進め、サドルをつかむ。それがサドルに手を掛けた時、やっと私は叫び声とともに体が動いた。
サドルに掛けた手を振り払おうと、左手を動かした瞬間、それは私の腕をつかんでいた。それの手を見た時、人差し指の爪だけが、他の指の爪よりも1cmほど長かった事に気付いた。しかし、そんなものを見ている時ではない。私はつかまれた手を振り払った。私の左手に激痛が走り、その拍子に自転車から転げ落ちてしまった。 耳元で声がする。
「○○か!○○は何処?」
そして、「ザー」という音が聞こえた。いや、正確には「ザー」ではなく、もっと大きな音。 何かがたくさん落ちてくるような、爆発音にも近い音だった。私はすぐに体勢を整え、全力で走って逃げた。家までは150mほど、自転車を拾っている余裕はなかった。その一部始終を見ていた友達も、叫びながら全力で自転車を漕いだ。
家に着いた時、二人とも服が泥だらけだった。私はコケタが、友達の方に土が付くのはおかしかった。泣きながら、友達の祖父母にその一部始終を伝えると、二人とも何か神妙な顔になっていた。その地域は戦時中に、都会から疎開してきた人が多かったらしい。田舎と言っても、いつ戦渦に巻き込まれるかは分からない。万が一のために、幾つか防空壕を作っていたらしい。 しかし、戦争が始まり早急に作った防空壕のため、強度が全くなく、よく落盤していたそうだ。「もしかしたら、何かの拍子に防空壕に入って、亡くなった人なのかもしれないね」友達の祖母はそう言った。
先生はこの話を、塾に通っていた俺らに聞かせてくれた。先生は話し終わると、自分の服の袖をめくり俺らに腕を見せた。
「腕を振り払った時に痛みが走ったと言ったけど、これがその時ついた傷」
そう言った先生の腕には、爪で引っかいたみたいな傷が一本走っていた。(10cmぐらい)
「あと私、この話をしたら絶対に鳥肌が立つんやわ」
話を聞いた俺らに鳥肌が立つのはわかるけど、話をした本人に鳥肌が立つのはおかしくない?でも、先生の腕には確かに鳥肌が立ってた。ほんでさ、話をしてくれた日に、塾を休んでいた奴が居たんだけど、翌週そいつが「俺も聞きたい」って催促して、もう一度同じ話をしてもらってん。やっぱり先生の腕には、鳥肌が立ってた。二度も続くと、さすがに本物と思ってマジでびびったわ。