【発狂】入った者が3日で指を噛みちぎって死ぬ刑務所の一室

これは私が刑務所に勤めていた時の話です。私が勤める刑務所は、重犯罪者を多く抱える刑務所でした。当時刑務所はどこも過剰収容状態で、6人部屋に8人収監するということも日常茶飯事の状態でした。そんな中、私が勤める刑務所には、あまり使われていない独房がありました。

ある日、囚人たちの話が耳に入りました。
「この刑務所には『狂い死にの牢』と言われる独居房があり、その房に入った人間が3日で狂い死ぬらしい」。
後日、先輩の看守に『狂い死にの牢』について詳しく聞くことが出来ました。先輩の話はこんなふうでした。

昔、ある一人の凶悪犯が入って来ました。若い女性ばかりを襲った凶悪犯です。大変乱暴な男で雑居房で喧嘩ばかりするので、独房に入れる事にしました。次の日、男が変な事を言い出しました。
『白髪の髪を振り乱した………ばあさんが前を通るんだ』
ここは厳重に管理された刑務所で、はあさんどころか女性は居ません。

さらに次の日、男は朝からガタガタ震えて、日頃バカにしていた看守に懇願します。
『雑居房に戻して下さい。それが無理ならば別の独居房でもいいから』
刑務所はホテルでは無いので、そんな要望は通りません。
『あのばあさん、俺を探してるんだっ、頼みます、今日だけでいいから』
あまりにも騒ぐので、ちょうど来ていた教戒師(お坊さん)に話を聞いてもらう事にしました。男は今までとは別人のように素直になり、若い女性を殺して山に埋めた事を告白しました。後日、調査により男の言うとおり、山中から若い女性の遺体が発見されました。ところが次の日の朝……。両方の指を何本か噛みきった姿で死んでいたのです。恐ろしい形相で、よほど恐ろしい目にあったのではと推測されました。死因は心臓麻痺。

それ以来、男の死亡した房に囚人を入れると発狂状態になり、数日で指を噛みきって死んでしまいます。その房に入れた囚人は、みんな髪を振り乱した白髪の老婆に怯えます。いつしか『狂い死にの牢』として、囚人の間からも恐れられる場所になりました。看守たちは抜け目なく、反抗的な囚人を『狂い死にの牢』入れます。んなに凶暴な囚人も涙を流しながら、房を変えてくれと懇願します。凶悪犯ぞろいの刑務所にしては治安が良いのは、この房のせいかもしれません。

その後、私は『狂い死にの牢』のある区画の担当になりました。夜間は交代で巡回をするので、1時間に一度『狂い死にの房』の前を通らなければなりません。同じ頃、所長が人事異動で変わり、過剰収容が問題になりました。何も事情を知らない所長は、開いている独房がある事に気が付きます。我々看守は所長に叱られ、仕方がなく囚人を入れる事にしました。一番凶悪で反抗的な囚人を選びました。男は度胸試しのつもりか『狂い死にの牢』に入れられる事を仲間に自慢していました。私にも反抗的で、最初の日は注意してもヘラヘラ笑っていました。

その日の深夜、『狂い死にの牢』の前を通ると、男が窓を覗く私に話しかけて来ました。本来、この時間は会話禁止です。
『歌、歌が聞こえる。なにかの子守唄みたいだ。』
私には何も聞こえません。男に早く寝ろと伝え、見回りを続けました。

1時間後、再び『狂い死にの牢』の前に来ました。監視用の窓から中を覗いてみると、男が布団を頭から被って震えています。規則で頭から布団を被る事は禁止されています。私は鉄格子を軽く叩き注意をしましたが、全くいう事を聞きません。
『ばあさんが、ばあさんが子守唄を歌いながら、廊下を通るんだ!後ろ、うしろに!』
私には何も見えません。少し怖くなり、男を放置し、見回りを続けました。

次の日、『狂い死にの牢』の囚人が点呼に答えません。部屋の隅で布団をかぶってガタガタ震えています。数人の看守が男を抑え無理やり牢から出しました。男は涙をボロボロ流しながら「房を変えてくれ、たのむ、たのむよ」と繰り返し頭を下げました。
「一晩中、ばあさんが廊下を通るんだ、なあ、変えてくれよ」
変えてくれと言われても独房に空きはありません。所長も許してはくれないでしょう。私たちは男をなだめ、刑務作業場所へ連れて行きました。

その日の夜、私は非番で次の日の朝に刑務所にやってきました。『狂い死にの牢』の囚人は目の下にクマを作り、ゲッソリしています。
「ばあさんが、ばあさんが……入ってきた、角に座ってるんだ……」
同じことを繰り返し呟きます。

その夜、夜勤のシフトが入っていました。仮眠を終えた私は、決められたコースを巡回します。『狂い死にの牢』の前に来ました。恐る恐る監視用の小窓を開けて中を覗き込んでみました。そこで私は信じられない物を見ました。ボサボサの白髪の老婆が、寝ている男の顔を覗き込んでいました。両手の何本かの指が千切れています。
「ちがう、俺じゃない、俺じゃないんだ」
男は声にならない声で同じ言葉を繰り返していました。
私はあまりの事に恐ろしくなり、監視用の小窓を閉じ、逃げるように看守室へ戻りました。次の日の朝、男は指を噛み千切った姿で発見されました。死因は心筋梗塞で事件性はありませんでした。

私は男を見殺しにした罪の意識と、あまりの恐ろしさに看守の仕事を辞めてしまいました。先日、20年ぶりに看守時代の同僚に会いました。『狂い死にの牢』まだ、あるそうです。

メールアドレスが公開されることはありません。