入ってはいけない辻

俺が小学生の頃だから、もう20年も昔の話。

俺の出身は北関東の寒村で、周りは田んぼと山だらけだった。
だから子供の頃は、田んぼで藁の束を積んで秘密基地を作ったり、河で魚を取ったりして遊んだもんだ。
村の人たちも皆いいひとばかりで、田舎ならではの良さがある村だった。
そんなよくある田舎の村だったが、たった1度だけ村全体が恐怖に陥った出来事があった。
今日はその事件を書いてみる。




その村には『絶対に入ってはいけない辻』というものがある。
辻とは言っても小さな丘のような所で、幅3m、奥行き10m、高さ1mほどの大きさだった。
そしてその辻の上には、小さな石碑と半鐘?(時代劇の火事とかで登って叩く鐘)のようなものがあり、周りは田んぼに囲まれていた。
理由はわからないが、親や婆ちゃん(父方の)からは、「あそこで遊んじゃいけねぇよ」といつも言われていた。
何でも、『あそこをいじったりすると血の雨が降る』という言い伝えがあるそうだ。
確かに子供の俺から見ても不気味な雰囲気がビンビン感じられる場所だった。

それは2月の寒い日のことだった。
俺と友達は凧揚げをすることにした。
この地域は冬はいつも大風が吹いてるから凧揚げにはもってこいだったんだ。
いつものように近所の田んぼで揚げていると、かなり乗りがいい。
釣竿のリールに糸を巻いて凧につないでるんだが、ぐんぐん凧が昇っていった。
こりゃすげーや、あんなに小さくなっちまったぜ!
俺は喜んでリールを緩め、どんどん高く凧を飛ばしていった。
しかしこの日は風が強すぎた。ブチッという音と同時に凧が回転しながら遠くへ飛んでいった。
アチャー・・・まいったな・・・
俺は友達のかっちゃんと凧を探しに走った。
ほどなくして先を進むかっちゃんの声がした。
「あったぞ~」
俺は見つかってよかったと安心したが、それはすぐに不安へと変わった・・・
どうする?う~ん・・・どうしよ・・・
凧は例の辻の半鐘に引っかかっていた。風でバタバタと揺れている。
今までここは通り過ぎることはあっても、登ったりしたことはない。
しかも親達からは絶対入ってはいかんと言われている。そのことはかっちゃん家も同じだった。
太陽はまだ高かった。
しばらく悩んでいたが、かっちゃんが「長い棒で引っ掛けて取ろう」と提案した。
俺はいいアイデアだと思い、早速二人で棒を探した。

棒は意外と早く見つかった。
かっちゃんがやると言い、少し離れた所から凧に向かって棒を伸ばした。半鐘までの高さは3m弱といったところか。
何度か突っついたが、全然取れる様子もない。
頭にきたかっちゃんは足元の石ころを投げつけた。
カーン・・・半鐘に当たった。
錆付いた半鐘からは想像もつかない程良い音がした。
ダメだな、取れないや。
と、その時、凧が半鐘から外れ空高く飛んでいっちまった。それもすんごい勢いで・・・
さすがにあれは追っても無駄だと、子供の俺でもすぐにわかるくらいの勢いだった。
高かったので悔しかった。
諦めて二人で帰ろうということになったが、急に天気が悪くなり始め、雨が降ってきた。
幸い俺の家もかっちゃん家も近い。バイバイしてすぐに家に着いた。
と、ほぼ同時に大雨。しかも雷?まで鳴ってきた。
2月に雷?ありえねーとか思いながらも、まさかさっきのが原因じゃないよな・・・とちょっと不安だった。

何やら外が騒がしくて目が覚めた。
なんだ?こんな時間に・・・時計を見たら午前零時半だ。
親はすでに起きて、外で近所の人に何事か聞いてるようだった。
戻ってきた父親は血相を変えて「おい、かっちゃんがいなくなったんだと」と言った。
俺は「えっ!?」と驚いた。
騒がしかったのは、村の皆でかっちゃんを探しているからだった。
何でも、昼間遊びに行ったきり帰ってこなかったらしいが、
親父さんが夜勤で帰宅が遅かったから気がつかなかったようだ。(母親は亡くなっている)
「おまえ、何か知らないか?」
「・・・」
俺は怖くて黙っていた。

結局その晩、かっちゃんは見つからなかった。
あの時、確かに自宅の方向へ走っていく姿を俺は見た。一体どこへ行ったのか・・・

翌日、警察と村人で捜索が始まった。
俺は子供心に怖くてどうしようと悩んだが、このままじゃかっちゃんが本当にいなくなる気がしたので親に言った。
「バカヤロー!」
俺は親父の平手で吹き飛んだ。
「あそこには入るなといつも言ってただろう!」
俺は泣きながら謝るしかなかった。

親父は早速、村の人たちにそのことを告げ相談を始めた。
しばらくして、村のご意見番というか不思議な力を持った婆さんがきて、「家の周りに小便を撒いて、玄関に塩を盛るように」と言った。
その婆さんの不思議な力は何度か見たことがあり、俺も小さい頃に疳の虫がひどかったので、その婆さんに治してもらった記憶がある。
手首に細い紐を巻いて指先をこすられたと思ったら、爪と指の間からクネクネと動く正体不明の生き物?が出てきた。
それが疳の虫なんだという。
婆さんはそのクネクネを引っ張って、巾着袋に入れて封をした。
子供ながらに不思議な婆さんだなと思っていた。
外見はナウシカに出てきた予言の婆さんにそっくりだった。
「こりゃ大変なことになっちまったね・・・死人が出なきゃいいが・・・」
婆さんは村人全員に今すぐ家に帰り、今日は一歩も外へ出ないようにと伝えた。
「あの辻にだけは触れちゃぁなんねぇ。昔からあそこを崩そうとしたりすると、必ず死人が出たんだよ。そりゃぁすごい祟りが起こるんだ」婆さんは俺を脅した。
俺は泣きながら震えているしかなかった。
「いいかい?次に祟られるのはおまえだ。今夜はずっと目を閉じているんだ。絶対に何が起こっても目を開けちゃぁなんねぇ、いいね?」婆さんはそう言うと俺の髪を何本か抜き、うちの仏壇で念仏を唱え始めた。

俺は両親に囲まれてずっと目をつぶっていた。
時間ももう遅い。寝てしまえば楽なんだろうが、緊張でまったく眠れない。
婆さんはずっと念仏を唱えている。
すると、バチンという音とともに電気が消えた。
親父がブレーカーを上げるも電気がつかない。停電か?
仕方ないので仏壇用のローソクに火をつけたようだ。
すると婆さんが「むっ」と言い、念仏をやめた。
カーン・・・カーン・・・
何やら遠くから鐘の音が聞こえた・・・
「来たね・・・」婆さんはそう言うと、ガサゴソと何かをいじっているようだった。
俺は目をつぶっているので何が起こっているのかわからない。
ただ、鐘の音がだんだん近づいているような気がした。
カーン・・・カーン・・・
俺は怖くなった。しっかりと両親の手を握っていたが、汗でぬるぬるしているほどだった。
両親も震えている。
婆さんは相変わらずガソゴソとしてる。
すると、うちの前で鐘の音が止まった気がした。
ずっと目を閉じてるから聴覚が敏感になっていたんだと思う。
途端に玄関の戸がガタガタと言い始めた。
ヒィッ!
俺と親は怖くて悲鳴を上げた。
玄関はしばらくガタガタしていたがじきに止んだ。
今度は屋根の上を何かが歩いている音がした。
時折、ヒ~ッヒヒヒヒというような不気味な声が聞こえてきた。しかも複数の声だ。

「いいかい?目をつむったまま声も出しちゃぁダメだからね?」
婆さんはそう言うと、家の中央の柱に何かを打ち付けていた。
すると、何かの気配がする・・・すぐ近くに何かがいる・・・両親は気がついていないようだ。
でも声を出してはいけない。
うう、でも何かが俺の近くで匂いを嗅いでるような感じだ。気持ち悪い。
とてもじゃないがこの世のものとは思えない。
両親は気づいていないようだった。
俺は恐ろしさと緊張で失神寸前だった。
「見 ぃ ~ つ け た ぁ」
確かに聞こえた。
と同時に俺は完全に気を失ってしまった。

翌朝、俺は外の騒がしい声で目が覚めた。
「いたぞー見つかったぞー」
たくさんの人がそんな感じで叫んでいた。
部屋の中を見回すと両親はいない。婆さんもいない。
俺は昨夜のことを思い出して再び怖くなった。
ふと視線を部屋の中央へ向けると、何か違和感がある。
昨夜、婆さんが何かをやっていた場所だ。
よく見ると、中央の柱(大黒柱)が真っ黒に焦げている・・・一体何があったんだろ・・・
すると、外にいたお袋が家の中に入ってきて、俺に言った。
「ねぇ、かっちゃんが見つかったんだって!」
俺はすぐに飛び起きて外へ出た。
ちょうど親父が帰ってきた。俺はそこで色々聞いた。

かっちゃんは近所の豚小屋の中で、なぜか裸で寝ていたらしい。
命に別状はないが、俺とバイバイしてからの記憶がないらしい。
ただ、手には火傷を負っていたようだと言う。
俺はというと、昨夜失神した直後に柱が燃え上がり、そのまま鐘の音も消え、無事に朝を迎えられたと聞いた。
婆さんが俺の髪を祈祷用の人形に入れ、その柱に打ち付けたことによって、家の守り神の大黒柱が身代わりになって助かったんだという。

「婆さんは?」と聞くと、かっちゃんの体を清めに行っているそうだ。
どうやら昨日、玄関をガタガタしたのも、屋根の上で暴れたりしたのも、彼なのだそうだ。
きっと取り憑かれていたんだろう、ということだった。

その後かっちゃんは街の病院へ運ばれたが、元気になり帰ってきた。
但し、記憶は消えたままだそうだが・・・
この事件を通して、子供ながらに自然には立ち入ってはいけない場所があるんだなとしみじみ痛感した。

時が経ち、今、その辻の周辺には高速のインターチェンジが出来た。北関東自動車道という高速らしい。
俺は田舎を離れて数年経つが、今でも帰省するとあの時のことを思い出す。
親の話では、高速のルートもわざわざあの辻を迂回して作られたということだった。
確かに、もし工事であの辻が破壊されてたら、この高速の建設計画もどうなっていたか・・・考えると恐ろしくなる。
ちなみに、この事件の1年ほど後、前回の天狗の事件に遭遇した。

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