15年前の話です。当時俺は兄と一緒に造園関係の職場に勤めてました。これはある現場での出来事です。自分では怖く思ってません。もともと俺には霊感なんてナイと思ってますから、霊とかを見ることもナイと思ってました。
奈良北部のとある料亭旅館。そこを経営されている古い家柄のお宅が現場でした。敷地は広く、小高い丘になっていて、木々が鬱蒼としてます。昼間でも薄暗いです。平屋の造りで馬鹿デカい本宅は、丘の下からスロープを車で上がって行ったところにあり、玄関アーチを入ると和風の庭があります。裏庭はちょっとした広場みたく芝生が張ってあり、アチコチに庭木が植えてあって、熊や馬やイルカの形に整えてあります。その裏庭に面してテラスがあり、ガラス張りの廊下が見えます。廊下の向こうはリビングになっているらしくご家族の姿が白く薄手のカーテン越しに見えていました。
若夫婦と3才になるお嬢さんが仲良く遊んでおられます。兄は『ほんまに絵に描いた様な金持ち家族やなぁ』と微笑みながら羨ましがっていました。裏庭で仕事をしていた俺は上司に呼ばれました。『前庭が終わったから掃除に回って』と。
行ってみると、確かに庭木は全て綺麗に刈り込まれていて、俺の他に職人の姿は一人もなく、地面には(今日中に掃除終るんかコレ?)と思うほどの枝や落ち葉が散乱していました。『はぁ~…始めないと終らない』などと思いつつ、熊手と竹ぼうきを持って掃き始めると『綺麗にしてくれたはるんやねぇ、ご苦労さん。』と、突然おばあちゃんが眼前に現れお辞儀をして玄関へ入って行きました。真っ白な髪をきれいに結い上げ、白と藤色を基調にした着物を着て背筋のシュッと伸びたいかにも上流って感じの上品なおばあちゃんで、綺麗な方でした。
作業に集中しすぎてて、近付いてこられたことに気がついてなかった俺は、慌ててお辞儀をし『あ、こんにちは』と挨拶をしたが、すでに玄関のドアがガラガラガラと閉まるところでした。(昔はさぞかしベッピンさんやったやろなぁ)と思いながらまた作業に戻ると、宅配人が小包を持ってやって来ました。
『こんにちは、ご苦労様です』と挨拶をされ、玄関の方へ。少しして宅配人が俺に声をかけてきました。『あの、こちらお留守じゃ…ありませんよね?』何言うてんだ?この人。
『はい。さっきおばあちゃん入っていかはりましたし、若夫婦さんもいらっしゃいますよ?』
『そうですか。』
宅配人はまた玄関へ。またしばらくして宅配人が
『あの、出て来られないようなので、また後ほどお伺いします』
と、そこへ現場を仕切っていた監督が来て、
『何言うてはんの、後ほども何も、今日は○○さん家族で旅行行ったはるから誰も居てはらへんで』
『はぁ?』
俺は目が丸くなると云うのをあの時実感し、身をもって体験した。宅配の人も俺の方を見て不思議そうな顔。
『いや、今さっきおばあちゃん入っていかはったし、挨拶もしましたよ』
というと『何言うてんねなIくん、昼間っから寝惚けとんちゃうか?』って監督に言われ、『それじゃあまた改めてお伺いすることにします』と宅配人も帰って行った。
いや、確かに裏庭のテラスも開いてたし、何より兄も○○さんの姿を見てた!急いで裏庭へ周り兄を探すと庭の向こう、丘の傾斜した下向きの斜面で作業をしていた。兄に先ほどのことを話し、テラス側へ二人でまわると、テラスは雨戸が閉められ、鍵もかかった状態で、屋内からの音や声は聞こえなかった。
『ホンマに留守や…』
兄もキョトンとしている。監督や他の職人、上司も『今日は始めからテラスは閉まってた』との反応。じゃあ俺らの見た光景はなんやってん?白昼夢か?
その後、その家族にも異変は無かったし、俺も兄もピンピンしてる。ただ、後日、監督に聞いた話、そのお宅の俺が挨拶したというきれいなおばあちゃんは、何年か前に亡くなっておられるそうだ。落ち葉の上を歩くと音がするのにそういえばあの時、おばあちゃんが歩く音聞いてないなぁ。