赤い「あなた」

高校二年の冬休み明け、斑○高原にてスキー合宿での出来事です。クラスで割当らえた唯一のシャワー付き洋室を、仲の良い我ら4人が死に物狂いで手に入れたことで、この旅への妙な安堵感を覚えています。なんたって多感な時期、大浴場にみんなで入るのに一番抵抗がありましたので。今考えるとおかしな話ですけど、おかげで凄いわくわくしながらバスに乗ってました。


初日はそのままホテルで荷物を預けてから、夕暮れまでスキー教室。そして大広間で夕食をすませた後、くたびれ果ててかそのまま部屋に入るなり爆睡。起きたらもう朝でした。

気づくと、いつも女の子のことばかり考えてる友人Sが窓を見てました。
「おはようS、何窓覗きしてるん? 早朝からやらしいなぁ 」
「おぅ、おはよ。ちょっとお前も覗いてみろよ」
覗いてみると、スキー場全コースがほぼ一望できて、それは素晴らしい景色でした。
「ああ、いい景色だな」
「ちげーよ、ほら、そこの、下にすげー好い女がこっち見てるのわかんねぇのかよ」
「はぁ、女? いないけど、どこ?」
「あれ? おっかしいな?」
ばーか、とSにまだ寝てる二人を起こさせて、自分は先にシャワーを浴びました。用意されたバスタオルに女の長い髪の毛が付いてましたが、特に何も感じなかったのです。三日目の夜までは。

三日目は初日、二日目と違って余裕があったせいか、大広間の夕食後、我らのシャワーにそれぞれ入ってから友人たちと良くある馬鹿話で盛り上がりました。特に友人Sは「ああ、あんな女の人とやりたいなぁ」などと、スキー場で話しかけられたという美人な女性の話持ち切りでした。夜更かしするものの、見回りの先生も五月蝿いしと名残惜しくも消灯して、それぞれ眠りにつきました。

雪の中で長い髪の女がふらふらと誘惑するように見つめながら近づいてくる。寒いはずなのに浴衣のような、でも赤い着物。帯が緩んでるのか、今にも前がはだけて豊かな胸が露になりそう。おいで、ねぇ、おいでぇ。か細くも甘ったるい猫なで声。動けない私に触れると突然、辺りを闇が包み、女の表情が卑屈に歪み始める。私の首に手を伸ばし、はだけた身を押し付け、興奮なのか、悲痛な苦しみなのか、苦しくてもがく私を睨めつけながら、「赤いあなた」と耳元に囁いてくる。もっと愛して、ねぇったらねぇ、愛して、愛して…その瞬間、光が私を包み込み、はっと目が覚めました。

その部屋の中の光景。友人Aは守護霊が言わせているのか、お経を唱え、友人Oは死んでいるかのように、押し黙っている。もしかしたら金縛りか?そして私も二人と同じように黒い影に張り付かれて体が動かなくなるものの、こういう妙な具合の時は叫んだり動いたり、とにかく生命力を誇示する行動をするものよ。と、不思議にも母の言葉を思い出し、実行へ。でもなかなか解けない。そういえば、友人Sは?その時、黒い影が離れると同時に力が抜けるなり気絶。起きたらもう朝でした。

「昨日の夜はヤバかったよな。俺死ぬかと思った」と嘆く友人O。「変な夢を見たような気がしたけど、何かあったん?」と呑気な友人A。
そして、友人Sはというと
「俺実は例の綺麗な人、カオリさんっていうんだけど、みんな寝た後ポケベルで呼び出されてさー。そのまま抜け出して、会ってしまいました、エヘへー」
「何だよお前、俺たちはすっごい怖い体験したってのに、そっちの体験かよ、ずりーぞー」
「それにしても体中、口紅だらけじゃんかよ、ちぇっ、いいなー」
夢の内容がほぼ一致したりと、よけいに青ざめる我ら三人をよそに、やつれた赤い紅の顔の友人Sはいつもと同じの満遍の笑みを浮かべてました。

このままだとなんだか気持ちが悪いので後日、先生にあの部屋おかしかったと、(友人Sは朝まで部屋に居たことにして)あの夜の出来事を話し、ホテルに掛け合ってもらいました。しかし、そういう幽霊騒ぎなどは今まで起こったことが無い部屋だとのことで、釈然としないものの、帰ってから我ら三人には特に異常なことが起きなかったし、そこまで追求するのもなんだか嫌になり、気にしないことにしました。ただ友人Sは、スキー合宿から戻ってからというもの、自宅の部屋に引きこもってしまって、二度と、姿を、見せなくなりました。

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