彼は用事で遠方へ出向いていました。
そこへ行くのはこれが数回目で、その度に同じ旅館を利用していました。もちろんその時も、同じ旅館に予約を入れていました。その日彼は、予定よりも遅い時間に旅館に到着しました。外は大雨で、雨具を用意していなかった彼はずぶ濡れで旅館に到着したのでした。
既に外で食事を済ませていた彼はそのまま部屋に行き、風呂に入ってそのまま眠りにつきました。その日の夜、雷の音で目を覚ました彼は驚愕しました。
彼の止まっていた部屋の窓に、人影が見えたのです。誰かいるのかと確認しようとしましたが、金縛りに遭ってしまったようで、窓に向かうどころか、身動きひとつ取ることができませんでした。雷が光る度に人影はくっきりと窓に映っていました。声すら出せなかった彼はとにかくその光景を見続けることしかできませんでした。
そして、一際大きな雷が落ちた瞬間、その人影はスっと消えてしまったそうです。それと同時に、彼の金縛りは解けました。とっさに窓まで行って外を確認してみますが、雷も止み、月明かりも無い夜でしたので周囲に人影を見つけることはできませんでした。仕方なく、その日はそのまま眠ることにしました。
翌朝、彼は旅館の従業員に昨日の出来事を話しました。昨夜、自分の部屋を窓から覗いていた人影がいたのだ、と。しかし、旅館の従業員は部屋番号を聞くと、それはない、と彼の話を信じませんでした。
なぜだ、あの部屋は確か窓の外は廊下になっていたから、人がいてもおかしくはなかっただろう、と聞くと、従業員は彼を彼の泊まっていた部屋の外側に連れて行きました。そこには、老朽化のせいか抜けてしまった床があり、窓の外にはポッカリと大穴が空いていました。彼の泊まっていた部屋は2階で、人が立てるような場所ではなかったのです。それを見た友人は言葉を紡ぐことができなかったそうです。
その後も何度かその旅館を利用しているそうですが、例の一度以来、人影も、金縛りも体験していないそうです。ただし、例の部屋だけは避けるようにしているそうです。