それは、逆立ちで追ってきた

20年前の夏のある日、友人Aと俺は2人で夜、海を見にいった。Aは免許取りたてで車を購入し、試し運転中での出来事だった。




夏の夜の海は波の音だけで、静かで良い、心が落ち着く。俺達は海岸で将来の事や彼女の事など、夜の海を眺めながら色んな話をした。話をしている内に夜もふけてきて帰ろうかと車に戻る途中、遠くから、人の声が・・・「まだ、だめ!」と。友人Aと俺は2人して気付き、その声の方に歩きだした、夜の海辺は真っ暗で何もみえない。

俺達は月明かりとライターの火で声の聞こえたあたりを歩いてみたが、人っこ一人みあたらない。時刻は深夜の1時をまわっていた。誰かのいたずらか空耳だろうと解釈し、帰る事になった。帰りの車内、俺はAに「さっきのなんだろな、お化けかなあ」と言うと、Aは「俺は今までそんなの見たことないし、お化けなんているとは思えない。きっと空耳か波うちの反響音がそうきこえたんだと思う」と言った。俺はその言葉を聞くと安心した。

海からの帰り道は山道をこえる、免許取りたてのAは夜道なので道がよく解らないと言い出した。困った、俺もよくわからない。来た道を帰るだけだが、どういう道を走って来たかあまり憶えていなかった。誰かに道を尋ねたいところだがなんせ山道で何にもない。仕方なく、このまま走っていればどこか知っている道に出るだろうとひたすらその道を行くことにした。その時、あせりとか恐怖は別になかった。

しばらく走っていると、100mぐらい先に子供くらいの大きさの人影がこの車に手を振っている。暗くてよく見えないが、婆さんか爺さんにも見える。俺は思わずゾットしてヤバイと思い、Aに「あれは人間じゃない!そのまま、突っ走れ」と言った。Aは「バカな!そんなのいるわけない」と言い、車をその者の前で止めてしまった。 そしてAは「あんたどうしたの?」と声をかけた。

その者は気持ち悪くニタっと笑い、「死ね」といった!。それはまさしくこの世の者ではなかった。顔はタダレしわくちゃ、視線を合わすと凍りつくような、みるもおぞましい者だった。俺はタダタダ怖くて怯えていた、Aもそれをみてびびっているのが伝わってくる。Aは車(左ハンドル)のウィンドウを10cmくらい開け、こう言った。「なぜ、死ななきゃならん。お前は化け物か?化け物だったら、この窓の隙間から入ってみろ」その瞬間スッーとそいつの顔面だけが車内に入ってきた。

Aと俺は2人とも気が狂いそうになっていた。その顔面は気持ち悪くニタニタ笑っている。俺たちは大きな悲鳴をあげ、2人でその気持ち悪い顔面をつかんで車の外に押し出し車を発進させた。逃げる逃げる逃げる。怖くて振り向けないが、ヤツが追ってきているのがわかる。必死で逃げていると、Aはまた悲鳴をあげ「バックミラー・・・」と言った。俺は思わず、バックミラーを見てしまった。

・・・そこには、逆立ちで走って追いかけてくるヤツのがうつっていた。2人ともどんどん恐怖の底無し沼にはまって行く。人間、一瞬の恐怖よりも、長時間の恐怖に弱い事をこのとき悟った。ただひたすら、必死に逃げる。そのうち、今度は音が聞こえてきた。「ばたばたばた」きっと、ヤツの手の音だと思った。

恐怖はそれから3時間も続き、空もだんだん明るくなってきた。逃げ続けていると、いつしか音がしなくなった。Aと俺はバックミラーを見た。ヤツの姿はなくなっていた。周りに民家が見え少し落ちついてきたころ、日が指してきた。気が付くとそこは、昨日の夜にきた海岸沿いだった。

俺達は人のいる海の家を探し、そこに逃げ込んだ。そして、家のおばさんに昨夜の出来事を話した。おばさんは、お祓いをしなきゃいけないと言い、近くのある民家へと案内してくれた、そこには年をとった老婆がいて、おばさんが俺達の事情をはなしてくれた。そのばあちゃんは塩をとりだし、何やらおまじないの言葉を繰り返しつぶやいた。そして「怖かったろう。もう、大丈夫だから。」と言った。そして、夜ここには絶対くるなといわれた。

そのあとは、別の友人に迎えに来てもらって帰った。Aはその後、車に二度と乗ることはなくなったらしい。そのあと俺はその土地をはなれ、20年たった今、こうして書いてみた。Aとはあの件以来一度もあっていない。他の友人からAの情報をたまに得ているが、別に変わりないという。

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