【怖い話】人間の骨を抜く蛇女の祟り神

田舎に住む祖父は、左手小指の第一関節の骨がありません。つまむとグニャリと潰れて、どの角度にも自由に曲がります。

小さい頃はそれが不思議で、「キャー!じいちゃんすごい!なんで?なんで?」と、無邪気にはしゃいでいました。祖父はニコニコしながら、「ありゃー!可愛い孫に、じいちゃん骨抜きじゃー」などと冗談めかしてごまかしていましたが、私が小学校に上がるくらいのときに、その本当の理由を教えてくれました。以下、祖父(正夫)の語り口です。

この村の山の上に古い神社があるだろう。あれは、いわゆる御霊神社というやつなんだ。御霊神社とは、謀反の疑いなどをかけられ殺された、実在の人物が祀られているもので、(太宰府天満宮などもそれにあたる)『御霊信仰』のもとは『怨霊信仰』とも言われている。つまり、その人物が祟り神にならないように鎮めるための神社だな。

この村で祀られている神様の名前は、○○(忘れましたが、何とか磨呂?みたいな長い名前)と言うが、わしら年寄りの間では、『朽縄(くちなー)様』と呼ばれている。朽縄様は、蛇や女の姿に化けて村に下りてくることもあるという。そのためこの村では、蛇は神様の化身として畏れられ、決して殺してはいけないとされていた。また、朽縄様は骨を司る神様として崇められており、妊婦や小さな子連れで参拝すると、子が丈夫な体に育つと言われていた。

しかし困ったことに、朽縄様は大層荒々しい性格をしている。昔、村でも悪評高い放蕩息子が、自分に素っ気ない態度をした娘の家に嫌がらせをした。それが何とも質の悪い嫌がらせで、蛇を生きたまま枝に串刺しにし、娘の家の畑に並べて刺したらしい。娘の家族は顔を真っ青にし、「なんと…罰当たりなことを…」と震えながら、血の海で息を引き取った蛇の亡骸を、庭に手厚く葬った。

数日後、男に罰が下った。全身の骨という骨がギシギシ痛みだし、三日三晩、寝床で悶絶した。「痛い、痛い!骨が焼ける!」と訳の分からない言葉を叫び苦しむ男を、両親は必死に看病した。男の体は、なるほど確かに全身の骨が溶けたかのようにぐにゃぐにゃに変形し、頭も腕も自力で持ち上げられない状態だった。

医者も「こんな奇病は見たことがない。本当に祟りかもしれません」と頭を抱える中、4日目になって男が忽然と姿を消した。一人で起き上がることなんて到底不可能な状態のため、両親は不思議に思いながらも近くの野山を探した。件の娘の家の畑でソレを見つけた。息子の形をした奇妙な物体。ぐにゃぐにゃと手足をあり得ない方向に曲げ、遠くから見ると踊っているようにも見える。

ひたすら、ぐにゃぐにゃ蠢いている息子のようなモノに、恐る恐る両親は近づいた。息子の顔は、目鼻などのパーツが全く重力に逆らえず、しわしわになって垂れ下がっていた。垂れた目や口のせいか、その表情は哀しげな、泣いているようなものだったという。そしてその姿を見た両親も、ついに頭がおかしくなってしまった。(有名な『くねくね』と似ていますが、同一かは分かりません。 ちなみに、祖父の田舎では、この現象を『蛇化(じゃんげ・俗語ではカカシ)』と言って、朽縄様の祟りとして畏れられ、 やはり見てはいけないものと教わってきたそうです)

…とまぁ、それくらい恐ろしい神様なのだが、なんとじいちゃんはその朽縄様に会ったことがあるんだ。それは、わしが今のお前と同じくらいの歳のことだ。その日、わしは友人の寛治と昼間2人で山に入り、蛇の脱け殻を探していた。この地方ではたいそう縁起の良いものとして喜ばれ、大人に渡すと、たまに食べ物をくれることもあったからな。

脱け殻を探すのに夢中で、わしらは気づかぬ内に例の神社の鳥居のところまで来てしまった。普段から『子供だけでは絶対に近寄ってはならん』と、きつく言われていたところなのに。
正「寛治ー、もう鳥居のとこまで来てしもーたぞ。これ以上はまずかろう」
寛「そうじゃのー。ぼちぼち引き返さねばのー」
そんな会話をしていた矢先のことだ。前から女が近づいてきた。女は村の女が着ているような野良着ではなく、白っぽい浴衣のような着物を着ていた。わしは、言い付けを破ったので怒られるのではと思って、寛治に耳打ちした。
正「やばいぞ。素直に謝るか?それとも逃げてしまうか?」
寛「…??お前、何を言うとんじゃ?誰ぞ来とるんか?」
寛治はキョロキョロしたり、目を細めて遠くを見据えるようにしているが、どうやらその女はわしにしか見えんかったらしい。とうとう女の顔が判別できるくらいの距離に近づいてきた。

…おかしい。そこで明らかに異形のモノだと分かった。まず何よりおかしかったのが、女の目だ。蛇の目だった。小さな目が左右に離れて配置され、あの爬虫類独特の、ナイフの刺し傷のような縦に細く閉じた瞳孔をしていた。鼻は細く、口も小さい。全体的にほっそりした姿態をしている。わしは蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まってしまった。

寛「おい、どうしたんじゃ?はよ帰ろうな」
寛治の声が何だかえらく遠くに感じる。

女はその蛇の目をパチパチさせると、急に細長い手足をあり得ない方向に曲げだした。まるで糸の切れた操り人形のように、はたまたゴム人形のように、ぐにゃぐにゃと、でたらめに関節を曲げるのだ。更に最も不気味だったのは、女が首を横に傾けたかと思うと、そのままどんどん曲げ続けて、ついには胸の前で頭をまるっきり逆さまにしたことだ。完全に人体の理を無視した体勢だ。



わしは悲鳴こそあげなかったものの、全身の血の気がスーッと消えて震えが止まらなかった。女はわしのその反応を確認するかのようにニタニタ笑って、その逆さまの顔でわしを覗き込み(手足がぐにゃぐにゃに曲がって、ちょうど顔の高さが合っていた)「お前、見えてるだろ?」と聞いてきた。

わしは馬鹿だったから、思いっきり首を振って「見えてない!!」と涙声で叫んだ。すると女はますます愉快そうに目を細めて、「なーんだ、見えてるじゃないか。生意気なガキだな」と言ってきた。わしはもう足がガクガク震えて、涙でぐちゃぐちゃで、隣で寛治が何か喋ってるがそれも耳に届かないような状態で、「ごめんなさい…。ごめんなさい…」と目をつぶって謝った。

すると、女はわしの目と鼻の先でガクガクと全身を震わせて、元の人の佇まいに戻り、ニターっと楽しそうに笑って、「お前、今夜迎えに行くから待っとれ」と、わしの左手を撫でながら言ってきたのだ。そしてゆらーっと踵を返すと、鳥居の方に戻って行ってしまった。わしは大ベソかきながら急いで寛治と山を下り、畑で作業している家族にこのことを話した。父と母は、わしの話を聞くそばからみるみる顔が青くなっていき、すぐに神社の神主様が家に呼ばれた。

神主さんに先刻見たものを詳しく話したところ、やはりたちまち険しい顔になって、「左手を貸してごらん」と、怒るような口調で言われた。例の女に撫でられた左手を神主さんに渡すと、五指を1本ずつつまんだり引っ張ったりして、丹念に調べられた。「…小指の先を持ってかれとる」神主さんは険しい表情を崩さず、そう言って手を離した。えっ?と思って、自分でも触ってみると、確かに小指の第一関節から上がぐにゃりと柔らかい。言われるまで気づかなかった。

「坊やが見たのは、間違いなく朽縄様ですね。ここ十数年、その姿を見たという人間はいなかったもんで、油断しておりました。どうやらこの子は…朽縄様に気に入られたみたいです」『気に入られる』という言い回しに、幼いながらも違和感を感じたが、その思いを父が代弁してくれた。「気に入られたって、どういうことですか?!朽縄様の怒りに触れたら、カカシ(←先述のくねくね?)にされるんじゃないんですか?!」神主は静かに、しかしよく通る声で答える。

「いや、今回は体の一部を持ってかれとりますから…。カカシにはされんでしょうが…いや、しかしやはり厄介ですな。朽縄様は、小指の骨を抜いて、この子に目印を残したんでしょう。恐らく、今夜にでも迎えに来るつもりで…」神主さんの声を父のしゃがれた声が遮る。「迎えに来るって…息子はどうなるんです?」神主さんがためらいながら続ける。

「要は…朽縄様の一部になるということです。簡単に言うと…食われてしまうんですよ。自分の姿を見られる者には、相応の力があるし、また波長も合う。その力を取り込んで、より一層強力になるおつもりでしょう」わしは、あの蛇の目をした女に、自分が頭からバリバリ食われることを想像した。それだけで恐ろしくなって声をあげて泣いた。

「いや、しかし気を落とすのはまだ早いですよ。私が朽縄様と直接お話してみますから。ですから、ご主人たちは今から言うことをよく聞いて下さい」それからわしは、ずっと母親の膝につっぷして泣いていた。神主さんはわしの左手小指に、何か麻紐と小さなお札のようなものをグルグル巻いて帰っていった。

夕方になり、続々とわしの家に大勢の人が集まった。大勢の人と言っても、専ら、わしと同年代の子供たちと、その親がほとんどだ。もちろん寛治も来た。そして父と母の手で、その子供たちの左手小指に、わしと同じような麻紐とお札が巻き付けられた。神主さん曰く、「朽縄様の目をごまかすため」だそうだ。麻紐を巻き付けると、両親はその子らの親に何か話しながら頭を下げて、家に帰していた。

後になって、「何の話をしていたの?」と聞くと、「あんたがすぐ見つからないように、協力をお願いしたのよ。今晩、みんなの家を朽縄様が訪ねるそうだけど、ほとんどの人には、それが見えないみたい」と母が答えてくれた。「みんな食べられちゃうの?!」と、わしがまたベソかいて聞くと、「ううん。小指の骨がある子供は大丈夫だって。でも麻紐をしておくと、骨があるのか無いのか、分からなくなるそうよ。
だから、あれを明日の朝まで絶対に外さないようお願いしたの。もしも正夫をわざと隠していることがバレたら…朽縄様が怒ってしまうんだって」母は安心させるために、包み隠さず言ってくれたのだろうが、わしは余計に不安になった。誰かが紐を外したら、そいつ、カカシになるんかな?わしの紐、間違って外れんやろか?とな。

そして夜が訪れた。朽縄様はいつどこに、どんな姿で現れるのか見当もつかないと言う。わしは少しの物音で緊張の糸が張ったり弛んだりしていた。夕飯もあまり食べられんかった。

飯の後、父親と一緒に風呂に入った。―――風呂の戸を開けた瞬間…心臓が一瞬で凍りついた。…風呂釜の中に女がいた。

こちらに後ろを向けて湯に浸かり、長い髪が湯船にユラユラと、海草のように漂っている。昼間見た白い浴衣を着たまま入っている。間違いない。朽縄様が目の前にいる。わしはとっさに風呂の戸を閉め、ガタガタ震えだした。父はすぐに察してくれた。「逃げたらバレてしまうぞ。 …絶対に目を合わすなよ。見えてることを悟られるな。父ちゃんが守ってやるから、普通にしとけ」小声で耳打ちし、父親に抱き抱えられて風呂に入った。

再び風呂の戸を開けたとき、わしの顔の真正面、文字通り目と鼻の先に女の顔が来ていた。湯船から上がっていたのだ。ずぶ濡れの女の、爬虫類のような小さな目がわしの顔をジッと見据える。間近で女の声が耳に響く。「お前、見えてるだろ?」

昼間と違い、女の顔は笑っていない。既に何軒か巡ってイライラしていたのだろう。わしは聞こえないふりをして父に目を向ける。普段あまり笑わない父がニッコリ笑顔を作り、「おいおい、小便したくなったからって、裸で出ていく奴があるか。出すならここで出したらええぞ」
と、必要以上に大きな声で喋りかけてくれた。わしも泣きそうな顔のまま笑顔を無理矢理作り、コクコクと父ちゃんに頷いた。汚い話だが…本当に父の腕の中で失禁していた。

それから、わしは極力普段通りに体を洗ったり、湯船に浸かったりしたが、その間も女は「おい、見えてるだろ?本当は見えてるんだろ?」と執拗に、わしの顔にその不気味な顔を近づけてきた。最後に、女はわしの左手をゆっくり撫でて、(ここでまた漏らした)不満そうに「チッ…」と舌打ちして消えた。わしは汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、幸いにも風呂場だったため、全て流れてごまかせたようだ。女が消えてからも、わしはガタガタ震えており、その日は始終、父と母に交代で抱いてもらった。

翌朝、協力してくれた村人たちと全員で山を上り、神社を訪れた。朽縄様の姿を見たという者は、結局わし以外にはおらんかった。神主さんは疲れはてた様子だったが、笑顔で「もう大丈夫です。朽縄様の、坊やへの執着は失せました。小指の紐とお札を外しても構いません」と言ってくれた。

これまでも何十年かおきに同様の事件が起こっており、この方法で切り抜けてきたという。しかし、中には目眩ましの子供が紐を外してしまったり、当人が見えていることを見抜かれて、神隠しに遭う者もいたらしい。ちなみに、朽縄様に食われるときは、大蛇の姿で丸のみにされるらしい。(神社には、その様子が描かれた絵巻物も残っている)村人たちから歓声が上がり、寛治は泣きながら「よかったー!よかったなー!」と喜んでくれた。(しかし、子供だけで神社に近づいたことで、わしらは後日げんこつを食らった)

「あれから五十年…わしの左手小指は、成長してからもずっとぐにゃぐにゃのままだ。朽縄様の姿も、それから見ることはなかった。大人になってから病院で検査したが、医者は首を捻るばかりで…まぁ生活に支障はほとんどないから良いけどな」そう言って、祖父は幼い私に、「だから絶対に、あの神社に子供だけで近づいたらいかんぞ」と、怖い顔を作って言い聞かせてくれました。あのとき小指に巻かれた麻紐とお札は、御守り袋に入れて今も大切に保管しているそうです。

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