私が子供のころ住んでいた村の山の頂には、朽ちた山寺と釣り鐘堂がありました。山寺は不気味で子供は誰も近寄らなかったのですが、釣り鐘堂の前の空き地は格好の遊び場でした。釣り鐘堂には銅製の大きな鐘がぶら下がっていて、管理する人もないので子供達は好き勝手に突いて音を鳴らしては喜んでいました。
ある日、私は村の田んぼ道で、友達数人が小さな黒いヘビに石を投げつけているのに出くわしました。私は「かわいそうなことをするな」と言って皆に投石を止めさせ、ヘビを逃がしてやりました。
そんなことはすっかり忘れた半年ほど後、私はいつものように裏山の釣り鐘堂へ遊びに行こうと、弟と山道を登っていました。すると、山頂に通じる道の真ん中で、大きな黒い ヘビがとぐろを巻いて行く手を遮っています。近づくと舌をチロチロ出して、今にも飛び掛ってきそうな様子です。私達は結局釣り鐘堂へ行くのを諦め、家へ引き返しました。
次の日に行ってみるとヘビはいなくなっていました。やれやれとばかりに釣り鐘堂へ上ってゆくと、堂には鐘が無く、空き地の前で大人達がなにやら話し合っています。なんでも先日、腐食した綱がちぎれて釣り鐘が堂の天井から落ちてしまったそうです。鐘は修理のためトラックですでに運ばれた後でした。
「堂の中に人がいなくて幸いだった、誰かいれば大人でも鐘に押しつぶされていただろうからね。」そんな大人たちの声を耳にして私はひそかに昨日のヘビに感謝しました。私を助けてくれたのはいつか逃がしてやったのと同じヘビに違いないと、今でも信じています。