現在もたまにやりますが、目的地を定めず車で一人、放浪旅に出るのは独特の楽しみがあります。当時格安で先輩から買った中古車を自分なりにイジり、夜間を中心にかなり遠くにまで出かけました。これは、岐阜での出来事です。
車で下山途中、今までいた山頂付近が夕焼けを背景にとても綺麗だったので、車と山を被写体として撮影しました。現像の仕上がりが楽しみで、うきうきしていたのを覚えています。自分で撮影した写真を、毎年の年賀状に使用していたからです。
夜道はお手の物でした。軽量な車で山道をとばす感覚は、弱冠の私にとってたまらない愉悦の筈でした。しかしこの日、何故か無意識の内に予定を切り上げ、一気に山梨まで距離を詰めていました。疲労が蓄積し、連休中だった事もあって、適当な所でいつもの車中泊をしようと、塩山市内をうろうろし、とある大型スーパーの駐車場に入り込みました。照明がこれでもかと煌々と照る明るい駐車場です。くどいようですが、私は平素、夜中の山奥でも平気で車中泊していたのです。
朝まで眠って、ゆっくりと東京に帰ろう。そんな心積もりで眠ろうとしましたが、夏場、尋常ではない寒気がしました。一人で車にいるのがたまらなく怖い。こんな感覚は初めてでした。何を見た、妙な物音を聞いた、その類ではありません。気配だけが異様に濃厚だったのを憶えています。
急き立てられるようにエンジンをかけ、走り慣れた奥多摩を通って帰宅してしまおうと、峠に向かって走りました。周りから住宅が減り、いよいよ本格的な山道、の手前で、私は路肩の駐車スペースに車を入れました。情けないことに怖いのです。青梅までたった数十キロの山道を、本気で怖がっていました。塩山まで引き返し、駅前などを彷徨していた所を警察に職務質問され、理由を話すと、ご親切にもパトカーの空きスペースを提供してくれました。夜勤のお巡りさんの話に三時間、ご相伴しましたが、やっと眠ることができました。
連休が終わり出勤して、現像した写真を先輩と二人、談笑しながら眺めていると、先輩が一枚の写真を私に示しました。
車の後ろから山をバックに撮ったあの写真でした。車の天井部分に首から上だけの女性と子供の顔がはっきりと映りこんでいました。あの気配は、これだったのかとしみじみ納得しました。その後何事もありませんし、車も天寿を全うして只今二台目です。努めて良い方向に考えるよう心がけています。