先輩の話。仲間とキャンプした時のこと。先輩一人だけが後入りすることになり、皆と合流するため、夜の山道を足早に歩いていた。ふと気が付くと、足元に薄く不自然な影が落ちている。頭の真上から火で照らされているかのように、影はひどく揺らめいていた。見上げると自分の頭上、一寸した高みに、小さな焔が見えた。
「何だ?」と思いはしたものの、どうやら火事ではないようだし、別に害がある訳でもない。気味が悪いが放っておいて、歩き続けることにした。火はキャンプ場近くまで、木々の高みの中をずっとつけてきたのだという。無事に合流し、一息ついたところで「実はこんなことがついそこで云々」と打ち明ける。そこの地のことに詳しい者が一人居て、その者が言うには、「そりゃ天狗だよ。天狗の御明(みあかし)っていうやつです。君、お酒か何か持ってなかったかい?」と。その日、確かに先輩は、携帯用のスキットルで洋酒を持ち歩いていた。
「これが欲しかったのかいな」
そう考えると、気味の悪さよりも酒飲みの親近感が勝ったらしい。ちょっと悩んでから紙コップに少し分けて、キャンプ場の外れに放置しておくことにした。倒れないよう簡単な細工をして。翌朝、コップは綺麗に空になっていたそうだ。