一昔前の雨の日、ある怖い話を書くのが好きな人の元に一人の男がボロボロの身なりで訪ねてきた。どこから来たのか聞いても男は口をつぐんでいる。少し怪しく思いもしたが、雨の中をさ迷っていたのではかわいそうだと、主人は男を丁重にもてなした。
そして、食事を済ませた後しばらくして、男は低い声で語り始める。
「アンタは優しいから教えてやる、これは忠告だ。これから絶対に、怖い話を作るときには架空の地名は使ってはいけない。なぜかって?だって変だとは思わないか?その話を作ろうと思う数分前、お前の頭の中には話のあらすじすらなかったはずだ。なのに話はどんどん出来上がっていく。何故だと思う?答えは、お前の近くにいる、そのお話を実際に体験して死んでいった霊が、お前に語りかけてるからなんだ。気付いてないだろうがまず、お前が話を作りたいと思った時点であいつらは話し掛けてくる。これだけならまだいい、無視するなりなんなりまだ間に合う。しかし、地名だけは設定してはいけない。いや、させられてはいけない。地名設定をするという事を起点に、そいつはお前に取り憑くのだから」
正直言ってとても胡散臭い話だったが、男の妙な説得力に押されて信じてみる気になり、更に突っ込んだ質問をしてみた。
「じゃあ、そこまで幽霊のことに詳しい貴方は、いったい何者なんです?」
男軽く笑いながら立ち上がり、
「ははっ、柳川村出身のただの物好きだよ。・・・ちょっとトイレを借りるぜ」
そうして男はふすまを開け部屋から出て行き、主人はあることに気付き青ざめる。柳川村は昨日書いた私のお話の舞台だ・・・急いでふすまから出て男の姿を探すが見当らない。変わりにこう文字がかかれた紙切れが一つ。
『こんなにもてなされるのは死ぬ前にも後にもこれだけだろうな。ありがとうよ。 物好きより』
・・・そしてその後、主人が書くお話には地名に関する話題が一つもなかったそうだ。