「自称お化け」の浮浪者の様な老人

妖怪か・・・・アカジイサンって知らねーかな。漢字で書くと垢爺さんだと思うんだが・・・ただの老浮浪者みたいな感じだけどなんか違うんだよな 。薄汚れた小豆色のスニーカー履いててマジで垢だらけだった。アカジイサンは飛ぶんだよな。だから妖怪なんであってそれがなきゃ乞食爺と大した変わりはないと思う。まあ飛ぶと言うより浮遊するって言い方のが正しいか。移動速度も歩く方がちょっと早いくらいだし・・・高い所からふわふわ跳び降りる事が出来るのはちょっと凄いけどな。俺が小さい頃薄汚れて誰も来ないような公園に居たんだよ。なんて言うか『なんでこんなとこに公園?』っていう場所だ。手入れしてない茶畑の横の細道をぐんぐん下ったところにあってな・・・。小さな神社とも言えない社が有ってそこの裏に有った。周りの木も全然手入れされてなくて・・普通の奴なら一度行ったら二度行こうとは思わないだろって言う・・・水飲み場もトイレも無くて不便だし、錆びた鉄棒と塗りの剥げたブランコ2個しかない公園だった。(滑り台も砂場も無い)

うちは親父が暴力を振るう家庭だったもんで、俺は誰も居ない公園に避難する意味でよくそこに行ってたんだけどな。誰も居ないから顔とか腫れてたり泣いてても夜になるまで待てば見られなくて済むし。何も無い公園の方が家で親父に殴られるより全然マシなんだよな。・・・で、何も無いとこだけど頻繁に行ってた。ある日公園に行くと唯一のぼろベンチに爺さんが座ってた。ギクッっとしたね。初めてそこで人を見たんだよ。たしか『どうしようか・・・・』と俺は思ったと思う。家には帰りたくないし他に行く場所が無いからな。

どうしようか考えてたら爺さんがひょいっと振り向いたんだ。「おっ坊主・・また来たのか」って言ったね・・・『なんだ??!』『会った事無いぞ?!』って思ったけど、もしかしたら前来た時気付かれない内に見られてたのかなって思い直した。俺は爺さんに訊いた。「誰?」初対面の爺さんに誰?は無いよな。まあ小学1年生くらいだったしな・・・・不審者と口を利いてはいけないってのも忘れてたね。爺さんはその時答えたのよ「わしゃアカジイサンだよ~」あかじいさん・・・・・体から出る汚れを垢と呼ぶという事を丁度2~3日前に姉に教わっていた俺は『垢爺さん』としてアカジイサンを認識した。

垢爺さんは多分マジで垢だらけだったと思うんだがそんなに匂いは感じなかった。ただ薄汚れた小豆色のスニーカーを履き、服はシャツ一枚でこれも薄汚れ、ズボンじゃなくてステテコ一枚だった・・・今思えば下着姿だな。その公園民家とか全然近くに無いんだがどこに生息していたのやら?蚊が結構居る公園だったが爺さんはじっとしてても血を吸われなかった。俺は走り回るか風の中に身を置くかしないと毎回血を吸われたのにな。垢爺さんは公園には「のんびりしに」来ていると言っていた。腐ったベンチを独り占めだ。俺の事はあまり訊かなかった・・・有り難かったけどな。「垢爺さんって乞食とかなの?」って訊いてみたんだが「いや違う。お化けだ」って言ってた。冗談だと思った。

ある日ボールを拾ったんだ・・・学校の帰りに川を流れてくボールを運良く見つけて通り掛りの級友が持ってたタモを借りて拾い上げた。お小遣いなんか無いからな。皆持ってるのに俺だけ持ってないっていう状態から一躍ボール持ちになった訳だな。年がばれるなぁ・・・ファミコンはもう少し後に出現する玩具だったよ。俺には全く縁の無い品だったけどな。

すっ飛ばしたけど、初対面の邂逅では異様さの伴う自己紹介にやや度肝を抜かれて、別に居ても居なくてもどうでもいい感じになってた。垢爺さんも「公園は別にわしのじゃないしどうせ他に誰も来ない」って言ってたしな。まあ当然その日は拾ったボールを持って公園に行った。垢爺さんはベンチに寝っ転がって見てるだけだから、一人でキャッチボールの真似事だ。一人だから上に放り投げて取るって事を繰り返してたんだが、手元が狂ってかなり高い木に引っ掛けちまった。その木がまた鬱蒼と葉が茂ってて毛虫も一杯居そうで登るような木じゃないのよ・・・泣きそうになったな。拾って一日目だからな。そうだ・・拾った事に関して「落とした奴の気持ちを考えろ」とか言うのはやめてくれ。そんな事言う奴らに限って玩具を少しも持ってない子供の気持ちを考えた事なんか無いだろ?まあ俺は木の下でやや泣きそうな顔してたんだろうな。誰かが落としたボールネコババして遊んでて泣くってみっともないだろ。どう諦めるかどんな顔してようか・・・ってちょっと迷ってたんだが垢爺さんがベンチから降りてニヤニヤ(ニコニコだっけな?)しながらこっちに来たんだ。木の下に立って「見えねぇな」「待ってな」とか言って茂みに突っ込んでった。葉の茂みに両手突っ込んで登ってくんだよ・・・人間業か?って今でも思う・・で、ずーっとガサガサやってたんだけど降りてこない。木の真下から離れて全体を眺めたら木の天辺の茂みの辺りに垢爺さんの上半身~ひざまで出てた。あの位置に枝が有る訳無いんだよな。体重が有ったら無理って言う・・・茂みの上に鎮座してる感じだった。そこで垢爺さんは両手のひらを天に向けてた。その後手のひらが自分の頭の上を向くようにカクッと曲げて木から跳んだ。すすすす・・・って凄く遅い感じだけど垢爺さんは浮遊して1.5メートル位進んだ。そこからティッシュを落すくらいのスピードで降りてきて俺にボールを渡してくれた。俺は何が起きたかよくわからなかった。「垢爺さんは仙人だったの?!」って訊いた。丁度国語かなんかで仙人という概念をおぼろげに知ったばかりだったと思う。でも「違う!わしゃお化け!!」って言ったのよ。俺「お化けって?」爺「妖怪じゃ・・○○○○ってわかるか?」あの時なんだかわからなかったけど、○○○○は「アヤカシってわかるか?」だと思う。わからないって答えた。

俺は垢爺さんの事を誰にも言わなかった。口止めされて無かったけどなんだか・・・誰かに言うのはよくないと言うか日常を破壊するような危機感を感じていた。俺のお化けだ・・・・・と思ってたかも知れない。垢爺さんはボール取ってくれた時以外は飛んだりしなかった。俺も飛びたいって言った時は「やってみろ」って言ったけど・・・俺は少ししか浮かなかった。一人でやっても出来なかった。多分才能が無かったんだろう・・・一緒に居る時は垢爺さんが少し手を貸してくれてたと思う。しばらくして親父に仕事が見つかり俺は殴られる事があまり無くなった。公園に行かない日も時々有るようになった。俺は一度も家の事を話さなかったけど、垢爺さんはなんだか全部知ってる気がした。親父の仕事が決まってから別の町に引っ越す事になった。真っ先に垢爺さんの事を考えたよ。前もって言おうと思ったのに結局最後の日に引っ越す話をする事になった。なんでか・・・勇気が無くて言えなかったな。

最後の日に『最後なんだからちゃんと言おう』と決意を持って公園に行った。垢爺さんは俺の顔見て言ったよ。「お別れか」笑ってたけど少し・・・いつもと違う笑顔だった。俺は泣いてしまった。何を言えば良いのかわからなかった。ありがとうって言いたかったと思う。垢爺さんは「わかってるよ」って言ってた。何も持ってない子供だったからな・・・拾ったボールだったけど垢爺さんに渡した。何かもっと気の利いた物とか有っただろうにな。あの日別れて一度も忘れた事は無い。いつかまた会えるだろうか・・・必ず会いたいと思ってる。公園が有った場所はもう何処かわからないほど区画整理されてた・・・社も無い。垢爺さんは俺にとっては親友で神様だった。それは確定なんだが・・・結局彼はなんだったんだろう・・・人間じゃないと思うんだけど・・・俺の妖怪のイメージとなんか合わないんだよな。

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