静岡県の某温泉地へ行った時の話。法事がてら、彼女を連れて実家に近い静岡県の某温泉地へ行った。ほぼ飛び込みで宿を決め、夕食朝食が付いて2万6千円。飛び込みだとこんなもんかね?と思いながら、部屋へ通してもらったら大きな部屋で驚いた。リビングで12畳、襖で区切った寝室が別に8畳はある。風呂も檜造りで立派。これは安いねぇと、部屋は古めかしいけど何か威厳があるという感じで、早速大浴場でのんびりしてすごした。
夜になって晩飯の部屋食を頼むと、凄く豪華。新鮮な魚介に、何とか牛の鉄板焼き、お酒も何本か付いて、「ここ良いんじゃない?絶対穴場だよ。大成功だね」と2人して宴会。襖の奥の寝室に移り、並んだ布団に2人並び、電気を消して深夜テレビを見ていた。そのうちに彼女が寝息を立て始め、俺もまどろみながらテレビを見ていて、いつの間にか寝入っていた。
しばらくした頃、ふっと目が覚めた。多分、真夜中。障子を通した月の薄明かりだけで、辺りはほぼ闇。テレビはスリープにしていたわけでもないのに、いつの間にか消えている。彼女が消したのかな?今何時?と携帯で時間を見ようと、手探りで枕元を探した。すると、何か音がする。
「フーッ、フーッ」と荒い息遣いのような音。彼女が変ないびきをしている、なんて思いながら携帯を発見。時間を確認すると、夜中2時少し過ぎ。まだ寝れる、なんて思いながら、画面の明かりで彼女の顔を見ると、彼女は起きていた。携帯の明かりで微かに見える彼女の顔。なんと、目を見開いて歯を剥いて笑っている。さっきの荒い息遣いは、剥いた歯の間から漏れる彼女の息の音だった。え?!と俺はパニックになりながら、彼女に「大丈夫?どうしたの?」と起こそうとすると、彼女は顔をこちらに向けたまま何かを指差した。
首だけをゆっくりとそっちへ向けて見ると、いつの間にか襖が開け放ってある。奥のリビングはさらに真っ暗。そして、彼女の指差した先に携帯を向けると、鴨居から首吊りの輪っかを作った浴衣の帯らしきものがぶら下がっていた。え?!何これ?どういうこと?!もう俺は、頭の中で今起こっていることを処理出来ずにパニック。身動きも出来ない。
彼女は相変わらず目をギラギラさせて満面の笑み。そして、口だけを動かして小さな声で何か言い出した。
「使え、使え、使え、使え・・・」
オカルトは好きだけど怖がりな俺は、脳が状況を処理出来ませんとばかりに昏倒。そこから先の記憶は無い。
そして、微かに聞こえるテレビの音で目が覚めた。同時に飛び起きた。あれは夢だったのか・・・。襖は閉じてあるし、変な帯もぶら下がっていない。テレビもつけっぱなしだった。やっぱり夢か、良かった、と安堵した。彼女はまだ寝入っている。でも何か、顔がグチャグチャになっている。とありあえず起こそうと彼女を揺すった。
すると、ビクっと体を揺らせて起きた彼女。恐れと不信の入り混じったような顔で俺を伺っている。「どうしたの?大丈夫?」と言うと、恐る恐る話し出した。昨日の夜、とても怖くて不思議な夢を見た、と。夜中にふと目が覚めると、俺が布団にいなかった。枕元のランプを点けると、暗い部屋の中で鴨居に帯を掛けていて、まるで首を吊るような準備をしていた、と。
彼女は驚いて、「何してるの?」と声をかけたら、振り向いた俺が満面の笑みで「ほら、準備出来たよ。これを使いな」と言ったという。その話を聞いて、飛び上がるほど驚いた。でもあえて、俺の夢の話は彼女へは伝えなかった。2人で同じような夢を見たということが分かると、何らかの呪い的なものを受けたような気がするから。「怖い夢を見たんだね。よしよし。大丈夫」と慰め、「とりあえず朝食を食べに行こうか」と部屋を後にした。
が、2人ともあまり朝飯に手を付けないまま、食堂を後にした。部屋に帰る途中にあったレセプションカウンターで、「すみません。僕らが泊まってる部屋って、首吊りとかあった部屋ですか?」と仲居さんの一人に訊いてみた。もちろん言葉を濁されたけれど、チェックアウトの時に何故か宿泊代が6千円引かれて安くなっていた。
細かい部分を端折ってしまいましたが、実話です。静岡県の某温泉地にお泊りの際はご注意を。部屋は素敵だし、料理も豪華で美味ですが、無理心中する可能性もございます・・・。