【老夫婦の奇行】紅葉に酒を飲ませる日

秋、山の中腹、一本だけ真っ赤に染まった紅葉。見事なその木から、一枚残らず葉をむしる老夫婦がいる。山といっても彼らの土地だし、そこに生えている木をどう扱おうと文句など言う義理はないが、その行為には、何となく許しがたいものを感じた。その二人が、その地方で自分が定宿にしている小さな旅館の経営者ともなれば、なおさらだ。その光景を見たわけではない。ここへ来る途中、よそで話に聞いただけだ。何のためにそうしているか、時間の都合で聞けなかった。見たわけでなくても、宿の玄関先に置かれた米袋の中に紅葉がぎっしり詰め込まれていれば、聞いた話は嘘ではないのだと知れる。

泊り客は俺一人。今回は二泊する予定だ。明日あたり、あれ、まこうか。卓を囲む夕飯時に婆さんがそう言い、爺さんが同意した。何の話だろう。好奇心が湧いたが、紅葉の一件で少し不機嫌な俺は、問いただすこともしなかった。この宿に泊まるのは今回が最後だと、何となく、そう決めていた。二人の話は続き、どうやら俺も明日、何かを一緒にまく事になりそうだった。その何かが玄関先の紅葉だと分かったとき、ついに我慢できず、あれをどうするつもりなのかと尋ねた。問い詰めるような口調だったかもしれない。

びっくりするぞ。爺さんが言い、婆さんが頷いた。翌日の午後、のんびりした散歩から戻ると、二人は山へ入る仕度をしていた。背負子に紅葉の入った米袋がくくり付けられ、爺さんが背負った。年寄りとは思えない歩度で山を歩く二人。実のところ、ついていくのが精一杯だった。一時間ほどだろうか。二人が立ち止まり、ここらで良かんべえと言った。

爺さんが背負子をおろし、袋の中から紅葉をつかみ出した。これをまくのだろうか。見ていると、その一枚一枚を木々の根元に置き始めた。数メートル四方に一枚、といった具合だった。真西の方角に置くのだと言われた。よく分からないまま俺も紅葉をつかみ、同じようにした。袋が空になると、二人はパンパンを手を二回鳴らし、頭を下げ、山を下り始めた。見事な夕焼けだった。

翌朝起きてみると、山は秋の色に染まっていた。赤や黄色、といっても色は二種類ではない。さまざまな黄色、色とりどりの赤。むらむらと、土地のエネルギーを見せつけるような力強い色だった。どうだい、いいもんだろ。振り向くと、爺さんが笑っていた。俺は言葉も出ない。

あれをやらないと、綺麗に染まらねえんだ。爺さんの右手には一升瓶が握られている。珍しくもない日本酒だった。聞くと、最初に葉をむしった紅葉に飲ませるのだという。飲ませるとどうなるのかと聞くと、酒に酔えば真っ赤になるだろう。明日だな、明日。そう言ってまた笑った。その日に俺は帰らねばならず、紅葉に酒を飲ませる光景を見ることは出来なかった。酒に酔った紅葉が、どんな風に赤くなるのか、爺さんは最後まで口を割らず、いずれ、御縁があれば見られるよ。と言った。

爺さんたちが紅葉をむしる話を聞いた店に立ち寄り、紅葉の酔態を尋ねると、どれに酒を飲ませたか分からなくなるとの事だった。ありゃ、どうなってんのかねえ、と答えた。葉を全てむしられた紅葉が、他の木と区別できなくなる。ぜひ見てみたいが、それ以来、紅葉に酒を飲ませる日にそこを訪れる縁に恵まれていない。

いずれ、御縁があるよ。今では、これが爺さんの決まり文句だ。

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