火がないのに煮えたぎる奇妙なヤカン

豊根村の隣、津具村には木山ヶホツと云う祟り山がある。昔、ある杣が一人で木山ヶホツに入り込んで仕事を始めた。一本のカシオシメの樹を伐り出そうと鋸を使い、花祭りの歌楽を歌っているうちに、どうしたことか段々愉快に思えて鋸の動きに合わせ歌っていた。更には樹の周りを回りながら舞ったりしていたが、終いには鉈を執って調子に乗りながら樹を伐りだした。

そのうち、ひと際強く打ち込んだ鉈が深く伐り込んで抜けなくなってしまった。杣がそれを引き抜こうと悪戦苦闘していると、ふっと脇に目が行った。そこには茶煮土という、山仕事をする者が石や木の又を
置き並べてこさえた、湯を沸かす簡易な竃があった。その茶煮土に掛けてあるヤカンが、火も入れていないのにグラグラと煮えたっていた。それを見た途端、急に恐ろしくなり、鉈を打ち込んだまま後も見ずに逃げ出してしまった。

杣は二度と木山ヶホツに行かなかったが、噂を聞いた村の者が、5、60年も経った後で木山ヶホツに行くと、カシオシメの樹は枯れもせず成長し、錆びた鉈を幹に巻き込んだまま、そこにあったという。

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