静寂を売り物にした高級リゾート地として開発された、山間のその土地には、広い道路が一本、背骨のように縦貫しており、道路から見えないように建てられた別荘に向かって、肋骨のように小道が伸びている。一本の小道に一軒の別荘。火事で全焼した別荘が一軒あるが、焼け跡は放置されたままだ。オーナーがどうなっているのか、管理会社がどう関わっているのか、裏では色々あるのだろうが、道路からも隣家からも見えないような場所のことでもあり、林の中、朽ちるに任されている。
焼け跡には風呂がある。タイルで丁寧に作られた風呂は、真っ黒に煤け、陽にさらされ風雨に打たれ、夜露に濡れ、とどのつまり、埃まみれだ。月夜、その風呂には、自殺した女が入浴しているという噂もある。その別荘で自殺者があったかどうかなど、誰も気にしない。無責任に、そうした噂だけが広まっている。決して、入浴している女を見てはいけないともいわれる。
ハイキングがてら、面白半分にその別荘まで行った者がいる。風呂の脇にテントを張ろうという計画だったが、煤けた風呂が不気味で、何となく焼け跡が見えにくい場所にテントを張った。無論、違法行為だったろう。月は冴え冴えとし、林の中は明るい。ひとりが風呂を覗きに行こうと言い出した。全員で行っても面白くないので、一人一人、別々に行ったらしい。交代で出かけ、全員が風呂を覗いたはずだったが、実は怖くて風呂まで行かなかったとひとりが白状すると、俺もそうだと言い出す者が出て、結局、本当に月夜の風呂を見たのはひとりだけだったことが分かった。風呂を見たひとりは、何も語らなかった。翌日、山でそのひとりが消えた。
何日たっても見つからず、彼らが辿った道をさかのぼり、違法と知りつつテントを張った別荘地まで捜索されたが、やはり見つからない。捜索は打ち切られ、公式には行方不明とされた。数ヶ月後、彼の遺体が発見された。例の別荘地、例の風呂の中、水死体となっていた。発見したのは別荘地の管理会社の社員で、通常の巡回業務の途中、異様な臭いを感じて発見したと説明した。それまでの巡回では、臭いも遺体もなかった。
水死体という表現に過不足はない。真っ白にふやけ、警察官が腕や肩に触れると肉がずるりと剥け、水がしたたるほどだった。煤けて埃が分厚く積もった風呂から、こんな遺体が発見されるなどおかしいと誰もが思った。とりわけ、警察がそう思ったが、結局、何も分からなかった。風呂は、森の中で煤けている。