同僚の旦那がまだ中学生の頃。釣りが趣味だった彼は幼なじみの友人と、良く夜釣りに出かけていた。彼らが見付けた穴場は山の中腹近くを沿っている道をぐるりと回って出た所にあった。
その夜も彼は日付が代わってから友人と家を出た。早く釣りに行きたい一心で二人とも一生懸命自転車を漕いでいた。住宅街では大声で話も出来なかったが、山道に入ると話す声も次第と大きくなっていく。山道なので明かりも疎らな街灯しかない。それも普段通い慣れた道。もう暫くするとトンネルがあって、そこを抜けるとすぐに釣り場が見えてくる。そのトンネルを入って出口にさしかかった頃、進行方向に人影が見えた。白装束のお遍路さんだ。
地元はお遍路のコースに入っている。お遍路を見る事は珍しくもない。だが彼は何かがおかしい、と思った。トンネルを越えた山道の中、街灯もない場所だ。どうしてあのお遍路の姿は白く浮き出る様にはっきり見えるんだろう。光ってるんだ、あのお遍路。そう気が付くと途端に冷や汗が吹き出した。友達もそれに気付いたらしく、二人は顔を見合わせた。道は狭い山道。このまま進むか、それともターンして引き返すか。二人はこのまま進む事に決めた。二人同時に頷き、ペダルを漕ぐ足に力を込める。
だんだん近付いてくるお遍路の脇を二人同時に猛スピードで通り抜けた。やった、と思った瞬間ペダルの感覚が無くなった。チェーンが外れたのだ。
「まってくれ!!チェーンはずれてしもた!!」
彼が大声で友達を呼ぶとその友達も叫び返してきた。
「お、俺のチャリもや!!」
二人とも必死でチェーンを直して目的地へと向かったが、その間一度も後を振り向かなかった。振り向くとすぐ後に立っている様な気がしたから。その後彼は夜釣りを止めたのかというとそんな事はなかったらしい。同じルートを今でも使うが、不思議な目にあったのはその一度きりだ、という。