林道から見下ろすと、古い四輪駆動車がまだある。真っ赤にさび、部品があちこち欠けた姿をさらし、木立の下生えと絡み合って、そこにある。ぼろぼろの椅子から生えている花さえある。この場所で死んだ友人の車だ。
かつて、自動車の世界に四駆ブームといわれるムーブメントがあった。彼が死んだのは、それより少し前。四駆に乗る仲間が誰も知らないうちに、彼はここで一人、さほど長くない人生のなかで、おそらく、長い長い最後の数時間を過ごした。急斜面で大岩に食い込んで、朽ち果てている車は、相当不気味だ。
湯を沸かし、紅茶を二杯作り、紙コップに移しかえ、ジャムを入れて、さび穴だらけの、傾いたボンネットに置いた。ゴミのポイ捨てかよ、と彼が言いそうだ。そんな事言うと、紅茶やらんぞ、と俺は応じるだろう。車の脇で紅茶を飲み、彼が走ってきた林道を見上げた。彼と交わし、実現する事のなかった約束を思った。
林道に戻り、先へ進んだ。のんびりと日帰りハイキングを終え、町で喫茶店に入った。トイレから戻ると、水が入ったコップが二つ置かれている。置かれたメニューは二冊。
しょうがねぇな
やがて、店主がやってきて、ご注文はお決まりですかと言った。言ってからテーブル上の水とメニューを眺め、あれ?という顔をした。
「お一人でしたよね、片付けますんで」
どうやら、帰ったらしい。いいかげん成仏しろと思い、彼の思い残したものは何だろうと、そんな事を考えながらサラダをつついた。