とある泉を眺め続ける一人の男の話

遊歩道から外れた林の中、ぽっかりと陽が当たっている。そこには透き通った水がたたえられた泉があり、浅い水底では何箇所かで砂が柔らかく噴き上がっている。不思議と、見ていて飽きることがない。良い景色を望むなら、他にいくらでも場所はあるが、自分でも不思議なほど、ここが好きだ。この泉を知る人はそう多くない。ましてや、こんなに気に入っている者など、そうは居まい。

最初のうち、俺を呼ぶ声が遊歩道からよく聞こえてきたが、そんな声に興味などなかった。この場所に居ることを知らせることさえ億劫だった。ただただ、泉を眺めていたかった。俺を見つけ、多くの人が集まり、ひとしきり騒がしかったが、やがて皆が引き上げ、俺は一人残され、水底で吹き上がる砂の動きを目で追い続けた。

空は朝、昼、夜と明るさを変え、森は春夏秋と色を変えた。真っ白な冬が来てすぐ、友人が来た。随分前に山ではぐれ、それきり会っていなかったことは、彼の姿を見るまで忘れていた。ガスに巻かれ、彼とはぐれたことは思い出せた。その後、俺はここで泉を眺めて過ごすようになった、と思う。

彼は俺を見ずに俺に声をかけ、俺は彼に声をかけた。なぜここに来たのかと、彼は俺に問いかけ、俺はここが好きだからだと答えたが、彼は同じ問いを発し続け、最後に酒を(もったいないことに)地面に撒いて帰った。今までどこに居たのかという俺の問いに、彼は答えなかった。彼はたまに来る。たまに来ては毎度、地面に酒を撒いて帰る。カメラを担いでやってくる男たちもいる。三脚を据え、何枚かの写真を撮影する。俺にカメラが向けられることがある。笑ってみせるが、写真に俺は写っていないだろう。そんな気がする。

そしてこれからも、きっと俺は泉を見つめて過ごす。満ち足りた気分で。

『とある泉を眺め続ける一人の男の話』へのコメント

  1. 名前:半裸隊 : 投稿日:2017/06/10(土) 20:19:27 ID:c1MDk3OTM

    これ、だいぶ前の全裸隊さんの作品じゃないか。

  2. 名前:1/4裸隊 : 投稿日:2017/06/14(水) 23:26:07 ID:c4MTczMzE

    全裸隊=サンの投稿は独特の文体が共通してるので分かりやすいよね

メールアドレスが公開されることはありません。