春先に一人で山中を縦走していた時のこと。夜分そろそろ休もうとしている頃、テントの周りで気配が湧いた。何度も外を窺ったが、明かりの届く範囲には何も見えない。それでも誰かに見られているような嫌な感じは消えなかった。ふと思いついて、魔除け代わりに塩を盛ることにした。と言っても別に詳しい知識がある訳でもなく、ほんの遊び心からだったという。塩入れを取り出すとテントの入口に小さな山を作り、眠りについた。
夜中、ふと目が覚めた。温い風を頬に感じたのだ。少し生臭い。明りを点けて見てみたが、テントの中も外の闇の中にも、何も見受けられない。不気味に思ったが眠かったこともあり、気にせず続けて寝てしまった。朝目を覚ますと昨晩のことを思い出し、早速塩山を確認した。テントの入り口、記憶にある白い山はどこにもない。灰色の薄く潰れた物体があるだけ。
盛り塩はぐずぐずに溶けて崩れていたのだ。彼はしばらく呆けたように、その塩の残骸を見つめていたそうだ。効果が有ったのか無かったのか、それ以降変わったことは起こらなかった。