【山奥の昔話】湧き水峠であんぱんをくれた老婆

山奥の小学生だった頃の話。初夏の暑い日だったと思う。隣の村の親戚に行く山道の途中だった。トンネルを抜ける道路はあるけど、徒歩だとこちらを使うのだ。峠を越えて少し下ったところに、湧き水を飲める場所がある。そこで、手作りの小さなベンチに腰掛けて休んでいた。

すると一人のお婆さんが現れた。今となってはどんな格好か思い出せないが、普通の人だったように思う。
「あんたはどこに行くんかな?」
「一人で大変じゃなぁ。」
いろいろ話しかけてきた。そのうち「パンがあるけえ、ひとつ食べんさいや。」と言ってアンパンを取り出し、差し出してきた。

自分は(なんだアンパンか)と少しがっかりしたのと、おなかもすいていなかったので、いらないと断った。すると、お婆さん、明るく振舞う感じで「やっぱり、婆の出すもんじゃ食べとうなあよね。(食べたくないよね)。」と言った。小学生だった私は、一瞬答えに詰まって下を向いてしまった。(もしかして家で、孫にでもそんなことを言われたのかなぁ。悪いことをしたかな。)そんな思いが頭を駆け巡った。

でも食べたくないしな…と思い悩んだ挙句、何とか言いつくろおうと思って顔を上げた。しかし、隣には誰もいなかった。一瞬、何が起きたかわからなかった。別れも告げずに行ってしまうとは思えないし。一人っきりの木陰のベンチに涼しい風が吹いていた。

帰ってから母親にそのことを話した。
「不思議だねぇ。でも気持ちは伝わったじゃろうから、ええんよ。」
すごい山奥の育ちなせいか、にっこり笑ってそう答えた。

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