鉄道で不思議な話と言えば、もう10年以上昔の話になるが。俺が就活の帰り道、信州の茅野(ちの)駅から長野駅に向かっている途中だった。線路が一本しかないため、電車の交差の待ち時間に停車した駅は夜の闇に覆われて、真っ白な霧に包まれていた。その時、同じ車両に乗っていたのは俺をふくめてサラリーマンのおじさんが一人だけ。ホームを降りてタバコを一服していると、霧の中から歌が聞こえてきた。子供たちが歌う「花いちもんめ」だった。
一体どこから聞こえてくるのか不思議でならず、同乗のおじさんに声をかけると、おじさんも首を傾げていた。車掌さんもホームに降りていて、この歌の正体をたずねてみたが、正体は分からずじまい。結局、交差を無事に終えた電車は俺たちを乗せてその駅から滑り出して行った。
その後、最近になって同じ路線を昼間走ることがあった。霧に包まれていたことに加えて、10年前のおぼろげな記憶では同じ駅を見つけることは出来ずじまい。今も鮮明に耳に残る「花いちもんめ」の歌声は何だったのか。霧に包まれたホームは一体どこだったのか。恐怖はなく、俺はちょっとだけ電車に乗るのが好きになった。今もあの霧に包まれた不思議な駅には人知れず、子供たちの歌声が響いているのだろうか。