北海道のO沼で彼女とボートに乗っていた。ふと気がつくと、周りの山が動いている。まるで、走っている列車の窓から見える景色のような動きだった。
そのときボートは止まっていて、他のボートとの位置関係も普通に見えた。だから、動いていたのは俺達じゃなくて、間違いなく山の方だった。気のせいかと思ったのだが 彼女もその異変に気付いていた。沼の周りに植えられていた並木やその向こうに見える林の位置はそのままに、山だけが移動しているのだ。
けっこう風の強い午後だった。雲も速い動きで流されている。見ているうちに気分が悪くなってきた。目が回ったときの感覚に似ていた。気味が悪いので、結局予定時間を繰り上げてボートを下りた。地面に足をつけたときには正直ホッとした。見上げると、山はもう動いていなかった。
あれは何だったのかいまでもわからない。無理に理屈をつけるならば、そのとき風が吹いていて水面に小さな波が立っていた。風で沼全体が、ターンテーブルのように回転してそのように見えたのかとも思うのだが…それでは沼の周りの木々が動かなかった説明に窮する。