肉塊になった友達の破片を探す子どもたち…

それは十年くらい前のことです。彼が大阪のテレビの仕事を終わらせて、翌日のラジオの仕事のために東京へ夜っぴて移動しなければならない時があったんですね。それが、テレビの収録がかなり長引いてしまって電車がなくなってしまったんですよ。で、テレビ局に車を借りてマネージャーの運転で東京まで帰ることになったんです。

そこからの展開をどうも思い出せないんですが、なにやら東名高速をおりちゃって静岡あたりで山道の中を飛ばすことになるんですよ。マネージャーの方は道に自信があるらしくて、鼻歌なんか歌ってるわけですが彼の方はだんだん不安になってくるんです。いや時間のことじゃなくて、こう、分かりますよね?いやな予感がするって言い始めるんです。すると、おあつらえ向きに霧が出てくるんですよ。それはもう濃い霧が。

マネージャーも事故は怖いですから弱気になったんですかね、すっかり無口になるんです。彼の方は怖くなると人としゃべりたがる性格ですから、しきりにマネージャーに話し掛けるんですが相手をしてもらえなくなって恐々ながらもいつの間にか眠っちゃうんですよ。で、どのくらい眠ったんでしょうか、マネージャーに肩をたたかれて目を覚ましました。
「あれ、もう着いたの」
なんてとぼけた調子で欠伸をするんですが、マネージャーの様子が変なんです。車は止まってますが外は相変わらずの霧で、まだ山道も出ていません。が、マネージャーは真っ青な顔をしてフロントガラスの向こうを指差してるんです。

「なに?何があったんだ」
「バ、バスが事故ってます。」
もうそのバスを見てきたらしくて、道の右肩のガードレールを突き破ったところの畑にひっくり返ってるっていうんです。慌てて目を凝らしても霧のせいでよく見えない。
「乗ってる人は無事なのか?」
途端にぶるぶる震え出して、分からない分からないと繰り返すんです。

「分からないじゃないよ、人の命がかかってるかも知れないのに。」
「な、何か変なんですよ」
とマネージャーは泣きそうな顔をしてハンドルに突っ伏すんです。
「もういい、俺が見てくる」
彼も怖かったんですが、そんな場合じゃないですから車から出たんですよ。車のライトを頼りにガードレール沿いに歩いていくと確かに外側にひん曲がってる部分がありました。その向こうは軽い崖のようになっていて、すぐ下には畑が広がっていました。「霧のせいだなあ」と呟きながら下に降りてみると、つんとガソリンの匂いが鼻をつきました。探すまでもなく、バスはすぐ目の前にぼんやりと浮かび上がっていました。

近づくとバスは想像以上にぐしゃぐしゃに壊れていて、なんとも立ちすくむしかないというありさまだったんですが、ともかく生きている人がいないかと呼び掛けてみても返事がない。というよりも生き物の気配が全くなかったんですよ。バスのなかを覗き込もうとしたんですが何しろ山の中の夜ですし、霧もあってほとんどなにも見えない。畑があるということは近くに民家があるに違いないと思いましてね、そこに助けを求めようかと考えていた時です。聞こえたんですよ、少し離れたところから子供の声が。ドキッとしましたね。

でも脱出した人がいたんだと思いまして、そっちへ走ったんです。すると確かに子供がいるんですよ。それも何人も何人も。霧の中でもぞもぞと蠢いているんです。
「どうしたの。どうしたの」
話し掛けると、一人の子が後ろを向いたまま答えました。
「あんなー。ぼくらの幼稚園バスがこけてしもうたんよ」
見るとみんな幼稚園児の服を着ています。しかし何故か誰もかれも俯いて畑の土をいじっているみたいなんです。
「みんな大丈夫だったのか?、運転手さんは?」
興奮して聞くんですけど、今度は誰も答えないんですよ。何だか気味が悪くなってきましてね、
「おい、おじちゃん今助け呼んできてやるから。ここで、ここで待ってなさいよ」

そう言って、民家を探しに行こううとしたんですよ。この場所にいたくないと感じたんです。だって全員変なんですよ、なんというか、動きが。何かを探してるみたいに土の上に這いずってるんです。正直逃げてしまおうかと思ったくらいです。その時最初の男の子が言ったんです。土をまさぐりながら、妙に間延びした声で。
「みっちゃんがなー見つからんのよお」

「えっ」
背筋に冷たいものが走りました。まわりからクスクスという笑い声が聞こえた気がしました。
「みっ、みっちゃんって、友達かい?」
いやな予感がしました。凄く凄くいやな予感が。
「あーっ。みっちゃんあったよう」
女の子の声が響きました。
それを聞いて子供たちがわらわらと一箇所に集まってきました。そしてみんなで取り囲むようにして何かをもぞもぞやり始めたんです。何をしてるんだ、という言葉がのどに詰まって出てきません。

ぺチャッ ペチャッという音が聞こえます。クスクスという声も聞こえます。心臓がバクバクいってます。呼吸が荒くなります。ああ、知りたくない、知りたくないのに。何かに魅入られたように子供たちの輪に近づいていきました。
「あれー? みっちゃん足らんでー」
無邪気な子供の声なんです。無邪気な子供の声なんですけれど。
「あー。ほんまやー。足らんわー」
クスクス クスクス 
「なーこれはー?」
「それ、ちがうわー」
クスクス クスクス…
ああ、見たくない。見たくないのに。みたい。

「なあ、おじちゃん。みっちゃん足らんのよお」
男の子の背中がゆらゆら揺れています。
「なあ、おじちゃん。なあ」
霧の中で、暗闇の中で、それでもうっすらとした月の光に照らされて男の子が振り返ろうとしています。冷たい脂汗がだらだらと身体中を流れます。金縛りに遭ったように体が動かないんです。見たくない。見たくないんだけれど

「見たいんやてなあ。おじちゃん」
くるりと振り向いたその顔は、目も鼻も口もメチャメチャで、顎や頬や額もまるで粘土をこねてくっつけたようにデコボコしていて。
「みっちゃん、目ん玉足りんのよお。なあおじちゃん、見たいんやったら目ん玉あるんやろ」
ケタケタとこめかみのあたりの口のようなものが笑う。ちらりとみっちゃんと呼ばれたものが見えた。ぴくぴくと動く肉塊が。子供たちが全員顔を上げました。

「なあ。目ん玉。あるんやろ」
血の滴る二つの右手で男の子が手探りします。子供たち全員が手探りします。

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