紙のようにぺちゃんこになった遺体が探していたもの

まだ彼が若く、医者として現役で働いていた時のこと。山奥の村にひとつしかない診療所だったため、いろいろな体験もした。ある日、落石があったと診療所に電話があった。「場所は? 怪我人はいるのか?」と彼は問うた。切り立った崖下を通る道路に大きな岩が落ちてきて、たまたま通りかかった車を直撃したらしい。
「救急車を迎えにやりますんで・・・先生も一緒に乗って来ておくんなさい」

現場に着いた。道路の真ん中に潰れた金属の塊があった。もとは車だったらしい。脇のガードレールはひしゃげ半ばちぎれていた。下を見ると、川原に大人5人分はあろうかという岩が転がっていた。こりゃ、助からん、見た瞬間そう思ったそうだ。

遺体は二人だった。若い女が助手席に。きれいな顔をしていたが、天蓋が割れて頭に大穴が開いていた。ドアをこじ開け体を引きずり出す。救急車に乗せ、診療所に運ぶよう指示した。
「サイレンは鳴らさなくていい」
彼が言うと、運転手は黙って頷いた。

運転席はもろに岩の下敷きになったらしく、潰れた天井の下敷きになっていて姿が見えない。手だけが座席から飛び出し空をつかんでいた。若い消防員が電ノコのようなカッターで作業を始めた。夕暮れになりようやく天井が取り除かれた。彼は中を覗き込み顔をしかめた。シートに皮と毛だけが貼り付き、脳みそも内臓も中身は全て足元にぶちまけられていた。遺体を引き剥がそうとすると、千切れ千切れになってしまった。ぺらぺらになった頭・・・ぺらぺらの腕・・・ぺらぺらの胴・・・。担架に丁寧に並べたが、それが人間だったとはとうてい思えなかった。

夜になり、警察から身元がわかった、と連絡があった。隣の県からの旅行者で、若い恋人同士だった。家族がやってきた。泣き崩れる家族に、彼はかける言葉もなかった。しばらくして、事故のことを忘れかけた頃、彼はある噂を聞いた。その道路に幽霊が出る、というのだ。

彼の友人は、詳細を語ってくれた。夜、その道を通ると男が立っているらしい。なんの変哲もない男だが、近づくにつれ、奇妙な違和感を覚える。そして、通り過ぎる瞬間、男がこの世のものでないと皆気づく。
「紙のようにぺちゃんこなんですよ」
彼は軽い眩暈がした。事故処理をした自分たちしか知りえないことだった。
「しかし、何故、男だけ」
彼は呻いた。二人ともその場で死んだのに。
「わかりません。誰かを探しているようだ、という人もいます」

彼は、はた、と思い当たった。女を先に運んだ。男は女の死を知らないのだ。・・・死んだ後までやりきれない。彼は陰鬱な気分になったそうだ。

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