蝶に分身した知人の話

後輩の話。学生時代、仲間二人で入山している時に遭難したのだという。季節は秋の終わりで、小雨が降り続いていた。道を見失い、雨に打たれ続けた彼らは、疲労困憊だったそうだ。

歩けなくなり繁みの中で休んでいると、仲間が船を漕ぎ始めた。無理もないな。そう思っているうち、眠っている仲間の口元が蠢きだした。と、いきなり口がパッカリと開き、一匹の蝶が這い出してくる。唖然として見ていると、蝶はどこかへ飛んでいってしまった。彼はどうしてか、仲間を揺り起こすことができなかったという。どれくらい経ったのだろう。膝を抱え途方に暮れていると、先の蝶が戻ってきた。仲間の顔に留まるとその口をこじ開けて、もぞもぞと口腔内に姿を消す。次の瞬間「あーぁっ」と大欠伸をし、仲間が目覚めた。おもむろに立ち上がると、驚くことを言い出した。
「こっちの方に標識がある筈だ。辿って行けばルートに戻れると思う」

何も聞かず、彼は黙って仲間に従った。笹薮を強引に抜けると、枝に結ばれたリボンが見つかった。正規の登山ルートへの印だ。それを頼りに、やがて見覚えのある場所に出ることができたという。無事に下山できると、彼は仲間に質問の雨を降らせた。
「なぜわかった? どうしてわかった?」
仲間は困ったような顔をして、次のように述べた。
「夢を見たんだ。正規のルートへの道を見つける夢を。なぜかわからないけど、 夢の通りにすれば助かると思ったんだよ」

あの時、あの蝶を握り潰していたら・・・あいつはどうなっていただろう。そう考える自分が少し怖かったと、後輩は言う。

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