中庭の赤い幽霊

自分の実家は築100年。
岐阜県に大正村というところがあるが、そこで公開している家にそっくり。
中庭を囲むように、母家・渡り廊下・離れがコの字状に並んでいる。

子供の頃、なぜか、じいちゃんから「夕方は坪の内(中庭)に行ったらあかん」と言われていた。
トイレは離れの横にあるので、生活空間の母家から夜でも真っ暗な渡り廊下を通って、トイレに行かなければならなかった。
仕方ないので、夕方だけは尿意を催すと、近くのコンビニへ行くか我慢していた。

中庭は坪の内といい。手入れされた数本の木と、苔むした石のまわりに白石を敷いた枯山水。
まあ料亭みたいなんだけど、コの字の開いている所は、隣家の家の壁で全くの閉鎖空間。
昼でも薄暗く、自分はあんまり好きじゃなかった。




じいちゃんが入院して、ベットの横で一人でいる時、いろいろ話をした。
「おまえは長男だから○○家を頼むぞ」とか、入会地のこととか、水利権のこととか、小学生には意味不明だが、大事なことだと思って、うなずきながら聞いた。
たぶんじいちゃんは、薬で少しおかしくなっていたと思う。
その時に、「坪の内のユウレイ見たか?」と聞かれた。
「見てないよ?庭にユウレイ出るの?」とアホな俺は目を輝かして尋ねた。ユウレイを見たかったのだ。
「出るさ。楽器鳴らしてな」「さみしい音鳴らしてな」
もっと聞きたかったが薬が効き始めたらしく、眠りに落ちて行った。

そのあとしばらくして、じいちゃんは病院で死に、父親はたぶん浮気していなくなり、急に貧乏になった。

夏休みが来た。
楽しい夏休みも母親は働きに行き、家で一人で過ごすことが多かった。

どこに出かけるでもなく、昼下がり時間を持て余していた時、じいちゃんから聞いた話を思い出した。
「ユウレイを撮影してやろう」
自分が持っていた使い捨てカメラを探し出して、スタンバイした。
蚊がひどかったな。
プロ野球中継の音が遠くで聞こえる。
その時、庭から、音が聞こえた。はじめ小さくだんだん大きく。
薄暗くなった庭を目を凝らしてみると、
石を積んだ月山とサンショの木の間に、真っ赤にむけた皮のない上半身のニンゲンらしき姿を見た。
男か女か・・・ズボンをはいている。
どっしり地面に大の字で足をおろし、自分の方を見ずに斜め下を向いてる。
さびしそうな曲を吹いている。口元にはハーモニカ。
でも音は違うとこから出ているように聞こえた。

結構な時間が過ぎたと思うが、自分は固まったまま動けなかった。
曲が終わり、カメラを見て取り、視線を戻すとそれはいなかった。

その日は、母親が帰ってくるまで怖くてコンビニで過ごした。
暗くなって母親が帰ってきた。
怖くて、現実か確かめたくて・・・
そして、なだめてほしかったのに、「あんた男やからな。男だけにみえるん」と拍子ぬけな回答だった。
「悪させんから、夕方はいかんとき」
寂しくて、なんか孤独を感じた。

中学生になり、4時半だから大丈夫かなとトイレに行くと、またハーモニカのやつはいた。
それの弾く曲が「遠き山に日は落ちて―」という曲だということは、その頃はわかっていた。

何度か見るようになって、もう、あんまり怖くなくなっていた。
自分の部屋が庭がよく見える離れになって、ときどき夕方なんとなく庭を見ると、ハーモニカの調べが鳴り、あいつが出現する。
写真を撮ったけど、黄色っぽくセピア色になりあいつは映らない。

高校生になり、友だちと夕方までゲームをしていた。
こいつなら見せてもいいか、と思った。秘密を共有したい、と思った。
庭を見て、そいつにも見せると、そいつは畳に漏らしやがった。
スーパーファミコンのポピュラスの心臓の鼓動BGMにしてたっぷりと。

夏休みが終わり学校に行くと、みんながニヤニヤ笑って俺のことを『お化け屋敷』とか『ヘルイレザー』と呼ぶようになっていた。
『ヘルイレザー』という映画に、赤むけの怪物が出てくるらしい。
今思い出してググったがよく似ていた。
自分は、人を簡単に信用したらあかん、ということを学習した。
そいつが漏らしたことをしゃべって、さらに孤立した。

大学に入り就職したが、実家とはほとんど近寄らず、連絡もしなかった。
親族の会議があって実家に帰った。どうやら母親は家を親戚に売るらしい。
びっくりするほど安かったが、別にどうでもいいと思った。

親族が引き揚げて、缶コーヒーを飲みながら庭を見る。
ハーモニカのやつが現れた。
明け放した座敷にいる母親は、近くにいるのに音も聞こえないのか、湯呑を片付けている。

実害がないと言ったが、こいつを見ると自分は人が嫌いになり、孤独になる。
まあ、自分のせいでもあるかもしれないが、こいつの呪いでもあるかもしれないと思いながら、その日は最後まで聞いてやった。

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