池のバケモノ

今から14年程前、夜な夜なバイクで峠に走りに行ってた。場所は大阪と奈良の境にあるH道路ってとこ。
そこで知り合った人に起こった話なんだけど、
知り合いって言っても、「ああ、あのCBRに乗ってる人か」ってぐらいの知り合いで、
あんまり話したこともなければ、名前も知らない。
当時はそんな知り合いがいっぱいいた。

で、ある日、そのCBRの人の事で変な噂を聞いたん。
そう言や最近見かけないなーって思ってた所だったから、
妙にその噂が気になって、色んな人に聞いたんだけど、聞く相手によって話が微妙に違うの。
いいかげんなもんだなーって思った。
だいたいこんな内容だったと思う。
「CBRの人とその友達とでどっかに遊びに行ったら、野犬に出くわして、
 バイクで逃げたCBRの人は助かって、走って逃げた友達のほうは野犬に襲われて死んだ」
ってな感じで、
人によっては、「両方走って逃げたけど、池の方へ逃げた友達が野犬に追いつかれて殺された」って話したりしてた。
話のもとになったのは新聞の記事で、俺は残念ながらその新聞を見てないからわからないんだけど、
誰かが死んだのは間違いなかったみたい。
この辺の話なら、当時H道路に居た人なら聞いた事があると思う。

新聞を読んだ人らが話してたのは、ただの野犬の話だったんだけど、
俺があちこちで聞いて回ってたもんだから、
しばらくすると、「CBRの人の彼女から聞いた」って言って、とんでもない話をする人が出てきた。
その話には野犬なんか出てこない。かわりに洒落にならないモノが出てくるん。
その話でもたいがい怖かったんだけど、
実はそれから数年後に偶然CBRの人と会って、もっと確かな話を本人から聞いた。
これからは、その時聞いた話。

CBRの人とその彼女、CBRの人の友達(ややこしいから以降TZRの人)とその彼女、計4人で夜景を見に行こうとして、
二台のバイクにそれぞれ彼女を後ろに乗せて、生駒山をウロウロしてたんだって。
だけどなかなかいい場所が無くて、いいかげんウロウロするのに飽きて、
たまたま見つけた夜景なんか殆ど見えない公園で、休憩してから帰ろうってなったらしい。
4人とも初めての公園で、公園の名前は知らないって言ってた。
小さい公園で、入ってすぐの所左手にトイレがあって、右手奥に池がある。そんなとこ。

深夜だしなんか気味が悪いなとは思ったし、女どもは「怖い怖い」って言ってたけど、なんせ疲れてたから休みたくて、
ベンチを求めて、池の横を通って公園の奥へ歩いて行くと、いきなり池の方から「ドボン!」って音。
池のほうを見ると、おっきい波紋ができてる。
かなり大きな石を投げ込んだような音だったって言ってた。
その池は周囲をぐるっとフェンスで囲まれてて、
そのフェンスを越えるぐらいの高さまで、さっきの音を出せるぐらい大きな石を投げ上げるのは、
かなりの力持ちじゃないと無理。
って言うより、力持ちどころか、自分ら以外に誰も居ないのに、そんな音がしたのでほんとにビビったって。
TZRの人の彼女が怖がってしくしく泣きだしたし、CBRの人も休憩する気が失せるぐらいビビったので、
もう公園から出ようって事になって、入り口に戻る為に池の横を通ろうとした瞬間、また「ドボン!!」

さっきより池に近かったから、深夜で真っ暗だったけど見えたって。
「最悪な事に、ソレをハッキリ見てもーた」って言ってた。
すぐ近く。
音がした場所に広がる波紋の真ん中、音がしてからちょっと遅れて、ぽこっと、何かが顔を鼻から上だけ出したんだって。
じっとこっちを見てたってさ。
「人間の幼稚園児みたいな顔だけど、目がおかしなとこにあった」顔が。
目が合ったんだって、その波紋の真ん中の顔と。

そっからはよく覚えて無いらしいんだけど、
「うわーーーー!!」って誰かが叫んで、いや、俺が叫んだのかも知れないって言ってた。あるいはみんなが叫んだか。
走ってバイクの所まで戻って、彼女が来るのを待ってたのを覚えてるって。
すごく長く感じたって言ってたけど、時間にしてたぶん10秒も無いぐらい。
TZRの人はすでに彼女も後ろに乗ってて、エンジンをかけようとしてたから、よけいあせったのかも。
とにかく、気が狂いそうな程怖かったから、
彼女が泣きながらノロノロ走ってくるのに、我慢できないぐらい腹がたった覚えがあるんだって。
その時、確かに聞こえてたから。池の方から「ケケケケケケケケケケケケ」って子供のような笑い声。

後で彼女も聞こえてたって言ってたらしいよ。その笑い声。
しかもその時、ノロノロとしか走れなかったのは、腰が抜けてたかららしい・・・。
人間て、腰が抜けてても走れるもんなんかな。

とにかく、彼女がようやくたどり着いてバイクの後ろに乗った時には、
すでにCBRのエンジンがかかってて、いつでも出れるようになってたんだけど、
どういうわけか、TZRの方のエンジンがまだかかってない。
知ってる人もいるだろうけど、CBR(250R)ってのは、セルっていうボタンでエンジンがかかる。
だけどTZRってのは2ストで、キックっていうレバーを踏み込んでエンジンをかける。
TZRの人は狂ったように何度も何度もキックを踏んでるんだけど、まるでかからない。
CBRの人は、自分の彼女を待つだけでも怖くて怖くて仕方がなかったのに、
今度はTZRのエンジンがかかるまで待たなきゃならない。
だけど、公園の入り口近く、池じゃなくてすぐ近くから「ケケケケケケケケケケ!!」って聞こえた時に、
迷わずTZRの人達を置いて逃げた。
池にいた何かが池を出てフェンスを越えて、自分達のすぐ近くまで来てるってわかったから。

この後何があったのかは、CBRの人は知らない。もちろん、CBRの人から話を聞いた俺も知らない。

とにかく、CBRの人とその彼女は、そのままCBRの人の家に行って、
しばらく経ってからTZRの人とその彼女の家に電話したんだけど、
電話に出た家の人に、『まだ帰ってません』って言われたって。
当時携帯なんてみんな持ってなかったからね。

何度か電話して『まだ帰ってません』を何度か聞いて、さすがに心配になったから、
家の人に事情を話して、またあの公園に行ってみたんだって。彼女を置いて一人だけで。
TZRの人らを置いて逃げてからそんなに経ってないけど、
公園に着く頃には辺りはすっかり明るくなってたって言ってた。
CBRの人がその時見たのは、公園の入り口で倒れたTZRと、その横で座り込んでずっと笑ってるTZRの人の彼女。
TZRの人はどこにも居ない。

すぐにパトカーと救急車を呼んだんだけど、結局TZRの人が見つかったのはその翌日で、
公園の池の中から、全身を犬に噛まれたようなボロボロの状態で、死体で見つかった。
それで新聞には『野犬に襲われ死亡』って出たんだけど、CBRの人は言ってた。
「池はフェンスに囲まれてんだから、犬なんかじゃない」って。

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