自分が死んだことに気づいていない

オレは結構、日常的に金縛りにあうんだよね。あと、変なもん、いわゆる幽霊って奴の姿もたまに見る。『あ、出るな』って時の感覚も、敏感に感じちゃう訳。
ある日の朝、オレはいつものように出勤した。その日は少し寝坊して、駅まで慌てて行った。そしたら、いつもより早く駅に着いてしまった。

腹痛がしてきたので、時間もあるしと駅のトイレに行くことにした。トイレに駆け込むと、2つある個室のうち1つが空いてた。んで、ちゃちゃっと用便を済て手を洗った。そうしてると、もう1つの個室の扉も開いて、
中からサラリーマン風のおっさんが、鞄を持ってこっちに歩いてきた。あ~このおっさんも手ぇ洗うのね、ぐらいしか思わなかった。でもね、おかしなことに、このおっさんが出てきてから強烈に『出る感覚』がするんだわ。何かこう寒気がするっつうか、背中がゾクゾクするっつうか…そういや、トイレに入った時からその感覚はあった。ただ、それは糞を我慢してるせいだと思って気付かなかったんだな。でも、まぁ何か出ても近くに人もいるし、何とかなるんじゃね?くらいの気持ちだった。

おっさんは足が悪いのか、ヒョコヒョコ歩きながらオレの隣に立って、手を洗い出した。その瞬間、オレは気付いてしまった。おっさんの姿が手洗い場の鏡に写っていない!その瞬間に、オレはもうガクブル状態。恐る恐るおっさんの方を見ると、おっさんもこっちを向いてた。だが、おっさんの表情からは、自分に危害を加えようという意思は感じとれなかった。むしろ、悲しみのようなものが伝わってきた。とは言え、目の前にいるのはこの世のものではないのは確か。オレは恐怖でその場に立ち尽くすことしかできなかった。手を洗い終えたそのおっさんは、鞄を抱えるとオレに背を向け、何事も無かったかのように出入口から出ていった。オレはその場からその姿を目で追った。おっさんの背中はスーツが破れて血まみれ。オレに背を向けているのに、右足の爪先はこちらを向いていた。おっさんが出ていくと同時に、体から寒気が引いていくのが分かった。その後、オレがそのトイレを使うことはなかった。

自分が死んだことに気付いてなくて、生前の日常を繰り返す奴がいるってよく言うじゃん。だが、オレが見たあのおっさんは、きっと自分が死んだことには気付いてるんだと思う。ただ、何をしていいのか分からんから、結局当てもなく生前の日常を繰り返してんじゃないだろうか。だとすれば、あの悲しげな表情にも納得がいくと思うんだ。死んだが成仏もできない。仕方なく生前の日常を繰り返すが、誰も気付いてくれない。そして、気付いたオレには怖がられてしまう。何だか、それってすごく悲しいことかも知れない。…ってのは、ちとオレの考え過ぎかな?

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