【座敷牢】うちが末子継承になった謂れ

もう十年くらい前だけど、従弟が事故で死んで俺が本家を継ぐことになったときに叔父(従弟の父)から聞いた話。
うちはちょっと珍しくて、末の男児が家を継ぐしきたり。死んだ従弟も末っ子だった。ちなみに俺の親父は次男、従弟の親父は三男ね。で、末子継承になったいわれを、従弟の葬式のときに叔父から聞かされた。従弟のバイク事故もこれが原因らしい。まあ聞いてくれ。

江戸も終わりの頃、N家(本家)に嫁が来た。N家跡取りと仲むつまじく、やがて女の子が生まれて春と名付けられた。その年は不作で、子どもを生んだばかりでも嫁も働かなければならない。嫁は山菜を取りに山に入ったが、夕方近くになっても姿が見えない。村の衆で探し回っていると、嫁は乱れた姿で山から下りてきた。天狗に孕まされて。どうもこの天狗ってのは白人のことらしい。まぁ『天狗=日本に漂着した外国人』ってのはよくある話、と叔父は言っていた。

堕ろそうにも、襲われたショックで寝込んだ嫁にそれは耐えられないと旦那が躊躇しているうちに、ついに男の子が生まれてしまう。嫁は生んですぐに体調を崩して死んでしまった。旦那は子供が憎くて殺そうしたが、嫁の忘れ形見だと思うと殺せない。しかたないので座敷牢に幽閉し、そこで育てた。途中までは人を雇って世話をさせてたが、いつからか姉の春が面倒をみるようになった。父親がいくらいっても聞かないし、身内の恥を他人に見せるよりはって理由でそのまま娘にまかせた。男の子の名前はユキハル。父も誰もつけないから、春が名付けたそうだ。春はユキハルを大変可愛がった。

んで、そのユキハル。見た目は死んだ嫁によく似ていたけど、色彩が白人…というかハーフのそれだったらしい。茶色の髪と青い目をしてて、姉から学んだたおやかな仕草。(ここらへん特殊事情。春は訛りの矯正やなんかの習い事?もやってた。その姉からいろいろ教わったユキハルは、女形みたいな子だったようだ)嫁そっくりなのに日本人離れした薄い肌や髪の色をみるたびに腹ただしくて、ユキハルが成長するにつれて旦那はだんだん可笑しくなった。

…で、ある晩。ついに旦那はユキハルに乱暴したんだと。その日から、村の衆や村にくるお役人にも身売りをさせた。(売るといってもはした金の値段で、ユキハルを苦しめる為にやっていたようだ。だんだん憎らしさが勝ったんだろう) 春は弟が普憫で、父にこんなことは止めるようにと言ったが父は聞き入れず、次第に娘がうっとおしくなり早めに嫁にやることにした。春が「嫁に行くことになった」と告げると、ユキハルは春をさらって山へ逃げた。 唯一自分に優しくしてくれる姉を奪われるのは、ユキハルにとって身を切られる辛さだったんだろう。やがて湖のほとりに出ると、そこで春を抱いた。事が終わり、すすり泣く春を見て「少し周りを見てくる」と言って一人にさせた。春は泣きながら湖に入った。ユキハルが帰ってくるとすでに春は水の中だった。姉がいないならばと、彼も崖から飛び降りた。
姉弟がいないことに気づいた旦那は村の衆を使って探し、最初に姉、次に弟の遺体を見つけた。春の着物の乱れを見て、何があったか悟った旦那は鬼のごとく怒り狂った。ユキハルの死体を八つ裂きにして、山中に放置。獣に食わせた後、荒神(山神ではないらしい)の祠の前に捨てた。祠の前に捨てたときは死んでからもう何ヵ月も経ってたけど、まだ怒りが収まらなくて、骨を足蹴にしても飽きたらず石で粉々に砕いたんだと。娘が死んだ嫁と同じ目に会わされたと知ったらね…気持ちはわからんでもないけど。

もう誰もいない座敷牢に幽霊が出るようになった。けどそれは、牢の主のユキハルではなくて姉の春のほう。しばらく座っていたかと思うと消え、庭の隅にある石の上にたたずんで蔵をジッと睨んでいるそうだ。その蔵というのが、ユキハルが身売りさせられてた場所だった。春は生前、ユキハルが蔵に入っている間は、石に座ってずっと彼が出てくるのを待っていたらしい。

そのうち旦那の夢枕にも立つようになったらしい。春が祟っている、と言って少しづつ衰弱していった。そして蔵の戸口の前で首をかっ切って死んだ。(この蔵は戦後に壊しちゃったんだけど、叔父や親父は飛び散った赤い染みを見たそうだ)旦那の弟が後を継ぐことになったが、怖くて仕方ない。N家は跡を継ぐときとある儀式をするんだが、儀式をやる前に春の霊をなだめる方法を考えていると、なにやら井戸のほうで水音がする。
時刻は夜中。こんな時間に誰だろうと見に行くと、春が着物や食器を洗っている。それはユキハルが使っていた物だった。

「お春…死んでからも、ヤツの世話をすることはない」
実父を祟り殺したとはいえ、未だユキハルに縛られてる春が哀れでつい声をかけると、春は振り返りにっこり笑って消えた。彼はもしや…とユキハルの砕かれた骨が散らばった土を集め、春の墓の隣に葬った。途端に春の姿を見るものは無くなり、たまに井戸で誰もいないのに何かを洗う音がするだけになった。
「…きっと、春もユキハルを好きだったんだよ。でも姉弟で愛し合うことはできないから、入水した」と叔父は言った。それから、本来ならユキハルが継ぐはずだったんだろうN家は末子が継ぐように決めた。(春の機嫌をとったようなものらしいけど…)

で、従弟の話に戻るけど。従弟はG県でリーマンしてて、帰ってくる気も継ぐ気もなかったんだって。ならそろそろ末子じゃなくて、長男が跡取りになるようにするかって親戚内で話し合ってた矢先にバイクで事故って死亡。さらに俺の弟が轢き逃げにあって半身麻痺。俺も風呂場とか、とにかく水場で変な影を見た。これはマズイということで、俺が本家に飛んでって儀式したら影も見なくなった。
その日はもう遅いから本家に泊まることになった夜。外から水音がした。俺はもう従弟が殺された?こととか、弟不随にされたこととか怖いより先に腹が立って、春とやらに文句言ってやろうと井戸に向かった。

そしたらいたよ。欠けた茶碗洗ってて、目尻と頬にほくろがある。現代の感性から言ってもかわいくて、緑っぽい着物着た子が。かわいいっていっても、やっぱり腹は立ってたんで「オイ」って不機嫌な声で呼びかけたんだ。そしたら俺に気づいて、体の向きもきちんと変えて、申し訳なさそうに頭下げて消えた。頭下げたってことは、やっぱり二人の事故はアイツのせいなんだろうな。それは絶対許せないし、許してやらない。でも、あの子にもなんか譲れないもんとかがあったんだろうなって思った。んなこと考えた自分がすっげー悔しくてちょっと泣いた。

弟はリハビリ頑張って健常者と変わらないくらいになったからいいんだけど、なんにも知らないで死んだ従弟が可哀想でつい書き込みました。あとちょっとで命日です。春に同情した時点で恨む資格もないから、ここで八つ当たりさせてもらいました。 一応春とユキハル、春に関わって死んだであろう人たちは神棚みたいなものに祀って供養してます。(従弟もここ)位牌とかじゃなくて、亡くなった人の名前を書いた紙と寺で書いてもらったお札?みたいなものを、和紙で作った封筒にいれて神棚に入れています。これだけで鎮魂の意味のなるようです。

あと、べつに俺の言うことは聞かないと思う…たまたま早くにヤバいと思って俺が跡取りになっただけ。頭下げたのは「(従)兄弟を奪ってしまってごめんなさい」って意味じゃないかと。彼女もある意味弟と引き離されたようなもんだし。

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