東北の話です。
中学時代、夏休みを利用して、友達と川釣りに行こうって話になりました。
夜中の午前3時頃に集合、市街地からひたすら自転車をこいで約3時間、目的の川に到着しました。
早速皆で思い思いの場所に散って釣り糸を垂れましたが、サッパリ釣れません。
ポイントを変えてみるも、やはり駄目。
なので、私は徐々に皆から離れて、上流へと移動していきました。
そして、自分が釣れそうだと思うポイントを見つけて、釣り糸を垂れていると…
背後から、川原の石を踏む音がしました。
最初は、仲間の誰かがやっぱり釣れなくて移動してきたのかな?程度に考えて無視してたのですが、
足音は私の背後で止まったまま動こうとしません。
「なんだ、釣らないのか?」と言いながら振り返ったのですが…。
そこには誰も居ませんでした。更に周囲を見渡すも、居るのは自分1人です。
「あれ?気のせいかな…」
そんな事を1人で呟きながらも釣りを続行しましたが、やがて再び場所を移動しようと考え、
更に上流へと歩き始めました。
ここいら辺じゃ駄目だ。今度はずっと奥の方まで移動してやろう。
そう考えながら、川沿いを若干早足で移動します。
すると今度は、私の背後を付いてくる足音がします。
「なんだ、お前も移動すんの?」と言いながら、また後ろを振り返りました。
すると、今度は確かに人が居ました。ですが、それは友人ではありません。
年の頃は15~16でしょうか。少年が1人、私のすぐ後を歩いてきます。
私が思わず歩くのを止めると、向こうも止まって、私の顔を無言で見つめ返してきました。
なんだか変わった服を着てるなぁ。というのが私の第一印象でした。
下半身はズボンに近いものを履いているのですが、上半身は裾の短い着物を着ています。
腰には地味ではあるが、立派なナイフ…と言うより、短刀(短剣?)のようなものをぶら下げています。
私は彼を見ても全然驚きませんでした。近くで映画の撮影でもやってるのかと思ったのです。
今から考えると、あんな田舎の山奥で映画の撮影なんてやってる筈がありません。
それでも、当時の私はそう考えました。
何故そう考えたかと言いますと、まず彼の衣装が、確実に現代のものではない事。
また、背中にまでかかるぐらいの黒い長髪をしていました。
更に、これは私の主観が入ってしまうのですが、その少年がかなりの美形で、俳優と思ったからです。
美形とはいっても、ジャニーズ系のような顔とは違うタイプです。
意志の強そうな顔、と言えばいいでしょうか。そんな感じの顔でした。
「映画の撮影?どっから来たの?俺が釣りしてると邪魔?」
私は彼に聞きましたが、何も答えません。
少々困ったものの、こっちだって朝早くに起きて釣りしてるんだ、一匹でも釣らないと割に合わない、
と思い直し、さっさと上流へ歩を進めました。
やがて、かなり上流まで到達した私は、喉が渇き腹も減ってきたので、携行してきた食料を食べる事にしました。
適当に腰を下ろし、自分で作った握り飯を食べていると、下流から人が歩いてきます。さっきの少年でした。
私はどう声を掛けて良いか分からず、黙々と握り飯を食べていました。
少年は私のすぐ近くに腰掛けると、こちらを興味有りげに見ています。
なんなんだよ、気味悪りぃな。言いたいことがあるならさっさと言えよ…
内心ではそう思いつつも、当たり障りの無い事を話し掛けました。
「もしかして、釣りに来たの?」「その服、どこで売ってるの?」「他に一緒に来てる人は居るの?」
全て無言で返されました。
やがて、彼の視線が、私の持っているペットボトルに注がれているのに気付きました。
事態の打開を図りたいと思っていた私は、「喉渇いてる?あげるよ?」と言って手渡しました。
彼はペットボトルを手に取ると、それを太陽に向けて光の反射を楽しんでるようでした。
変わった奴だなぁ…と思っていると、今度は向こうが私に茶色の塊を差し出してきました。
どうやら食べ物らしいというのは分かったので、一口齧ってみました。
少々粉っぽいが、僅かな甘みがある。決して不味いものではありませんでした。
「美味しいねぇ、これ。自分で作ったの?」と言うと、初めて「うん、そう」と答えてくれました。
それからは、彼も徐々に話してくれるようになりました。
腰のナイフを褒めると、とても喜んで見せてくれました。
両刃のもので、やはりナイフというよりは短剣でした。
若干青く光っていて、よく手入れされてる感じがしました。
どこで買ったのか聞くと、「譲って頂いたもの」と誇らしげに言いました。
彼の話はまだ続きます。その殆どは山の話でした。
そして、この山がいかに豊かな山であるかを私に聞かせました。
他にも、怪我で動けなくなった人に手当てをしてあげたとか、
山に迷い込んで泣いてる子供を助けてあげたとか、
この山に逃げてきた男女を匿ってあげたとか。
今考えれば、きっと古い時代の話なんだと思います。
「草履も脱げて…」という一節があったので。
ただ、その時は珍しい話に聞き入るあまり、突っ込みを入れるのを忘れていました。
どれぐらい話していたか…突然「そろそろ行かないといけないから」と言って彼は立ち上がりました。
別れ際に彼は、
「今日はすまない。だが、明日もここへ来てみてくれ」
と言い残し、上流へと歩いて行ってしまいました。
結局、その日は一匹も釣れませんでした。他の友人は、小ぶりながらも何匹か釣っていたというのに。
そして、友人達にこの話をしたものの、誰もその少年は見ていませんでした。
家に帰った私は、両親にこの話をしました。
母親は「それって変な人なんじゃないの?」といった感じでしたが、
父親は黙って聞いてくれて、「じゃあ、明日そこに行ってみようか」と言ってくれました。
元々山好きな父親(私が山好きになったのも父親の影響)なので、まともに相手してくれたのかも。
次の日の朝早く、父親の車でその川まで向かいました。
自転車だと3時間掛かる道程も、車だとあっと言う間です。
川に着くと、早速上流へと登り始めました。
やがて、昨日少年と話した辺りに辿り着きました。
私と父親は早速釣り糸を垂れました。が、やはり釣れません。
なんだ、やっぱり駄目じゃないか…と思った時、竿に強力な当たりがきました。
川魚でこんな強力な引きなんて、おかしいぞ?
と思いながらも何とか引き上げてみると、何と1尺超えの岩魚でした。
それからは面白いように岩魚が釣れました。しかも、その殆どが1尺前後のものばかりです。
最終的には、8匹もの岩魚を釣り上げました。
自分で釣り上げたとはいえ、信じられない出来事に唖然としてると、
父親が「頂いたからにはお礼をしないと」と、
帰り際に、山の麓にある小さな祠のような場所へ、一升瓶のお酒を置いていました。
この出来事から何年も経ちましたが、未だに彼が何者だったのか分かりません。
聞く所によれば、山の神様は通常、女性なんですよね?
それが男性、しかも少年というのは聞いたことがないので…。
東北某山の神様は、少年ってことなんでしょうか。
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山の女神のところに、修行に出された龍神の子説を提唱します
山への感謝や、魚の支配という観点からね