鎌倉の屋敷の隠し部屋

俺も鎌倉で改修工事した時のこと。

俺が携わったのは、築100年以上の旧家で、何世代にもわたって改修工事をしてきたもの。
古く増改築を繰り返しているので、図面も残っていないし、形は不自然。

まずは、図面を起こすところから始める。
図面にしてはじめて気が付いた。家の中心部に不自然なデッドスペース。
家の人も把握していない。
よく階段の下に、何もない空間などがあるケースはあるが、
中心部の何も絡みがないスペースが、収納としても使われていないのは不自然だった。

施主との相談の上、その空間も利用して部屋を広げる話となった。
途中で改修した際に引き込んだ上水管も鉄管であり、腐食が酷いと思われたために、
床下にもぐって配管経路をチェックした。

床下で図面と見比べ、俺は混乱した。
在来工法の風呂に、基礎が不自然な位置にある。丁度部屋の中心地に。
俺は首をかしげて、確認のために近づいていった。

目の前に来たときに、基礎の上部がないことに気が付いた。
風呂の場合、上部に空間は開いていない。
床板と基礎の間には、100mm位のスキマが開いていた。
増改築を繰り返していると、前の建物の名残が床下や壁の中に残るため、
俺は気にせず、その日の現地調査を終わらせた。

数日後、契約に至り、さらに日時が開いて着工日になった。
解体工事がはじまり、壁や床が撤去されていく。
やがて例の空間の解体に手をつける。まず壁を壊しにかかった。

壁にハンマーを当て、モルタルを壊し、木部を蹴り壊す。
職人たちは「アタァッ!」と、北斗の拳ごっこをしながら壊す。
いつもの風景だった。

木部が壊れ内部が見えた時、空気が凍った。
誰もが口を開かなくなり、何も指示はなかったが、いっせいに工具を置き休憩にはいってしまった。
みんな重苦しい顔をして、うつむいたまま出て行く。
丁度その時に別の場所を担当していた俺は、3時の休憩には早い為おかしいと思い、例の空間を覗き込んでみた。




投光機で中を照らすと、正面の壁に般若の面があり、壁は一面御札で埋め尽くされていた。
施主のいたずらじゃないかと疑いたくなるほどに、演出されたような部屋だった。
般若の面の下、床の上には箱が一つ置いてあった。
演出ではできない長い年月で溜まった埃が、古くからそこに安置されていたものと想像させた。

俺は手に触れることなく、外の職人たちに話を聞きにいった。
職人たちの話では、「壊したら出てきた。気味が悪くこれ以上はしたくない」との話だった。
それ以上はなにもわからない。当然といえば当然だが。

施工管理(現場監督。スケジュール管理などする)をしていた俺としては、
竣工日が延びると経費が増えてしまう為に困り果て、施主に携帯で連絡した。
施主は工事中、近くに住む親戚のうちに身を寄せていた。
施主自身も部屋の存在すら知らなかった為に、非常に驚いていた。
本家のおじいさんに電話して聞いていたが、依然としてなにも判明しなかった。

職人が手をつけないので、俺が一人でそこを解体することになった。
壁を壊し中には入れるようにして、手を合わせてから中にはいった。
まずは箱を取り出し、外に出る。
箱は埃をぬぐうと、御札で厳重に封印してあり、黒い漆塗りの重厚な物だった。
施主に中身を確認してもらう。
「埋蔵金だったりね」などと冗談を言うのだが、明らかにまがまがしいような箱であり、誰も笑っていなかった。
箱を開けると、中には雛人形のような烏帽子をかぶった人形が一体と、紙で巻かれた髪の毛の束。
髪の毛の主は、まともな死に方をしていないだろう事は想像に安い。

その頃から俺は、ものすごい後悔をしていた。
なんでこんな仕事をうけてしまったのだろう?

般若の面を慎重にはずし、残りの壁を撤去。
床の解体に取り掛かる。
床をバールではずして、床下を覗き込む。
床下にはいった時に見た、風呂の基礎の様なものの正体は井戸だった。
古井戸がぽっかりと穴を開けている。井戸はかれていて、水はなかった。
リングに出てくるような、人が二人はいって作業できるような大きなものではなく、
人が一人はいってしゃがむと、ほとんど動けなくなるような大きさだった。

施主に状況を説明すると、井戸中を調査して欲しいとの事だった。
俺は色々と理由を付け断り続けた。
俺も施主も、おそらく共通した懸念があった。白骨死体でもでてくるのではないか?
施主は供養しないと気味が悪いから、これを機会に供養したい。
冗談じゃない。俺はリフォーム業者であり、死体は守備範囲外だ。

やるやらないの押し問答の末、
竣工日の延期と、それにかかわる経費の負担、さらに200万円上乗せして払うと施主が言う。
その話を直接所長にされ、社命で俺が井戸の中にはいり、30cmほど掘る事になった。

結論からいうと、何も出てこなかった。
井戸の底は土の堆積はほとんどなく、やわらかい土を撤去すると、大きな石がごろごろしている感じだった。
死体の上から石を投げ入れた可能性など色々と考えて、石の撤去はしたくなかった。
「全ての石を撤去するのは無理です」と、施主には納得してもらった。

その後、工事は何も問題が起きずに竣工日を迎え、
いやな思いはしたが、おいしい案件だったとして、笑い話でおわってしまった。

一年位が過ぎ、その現場の付近を車で通る機会があった。
900万もかけたリフォーム後のその家は、完全に解体撤去され更地になり、
塀と、そこにある表札だけが残されていた。

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