棺桶から起き上がった祖父

うちのおじいちゃんが、亡くなった。3日前まで、あんなに元気だったのに。お通夜とお葬式は、市の斎場でやることになった。斎場は町はずれの、山の中腹にある。

広い斎場では、その日、私達の他に、二組の家族が、お通夜をしていた。お通夜のお客さんが帰った後、私達家族はおじいちゃんの遺体に付き添って、斎場に泊まることになった。おじいちゃんの思い出話をして、最後のお別れをするのだ。お通夜をしていた二組の家族も、遺体と一緒に、廊下をへだてた向かいの部屋に泊まっていた。

「利恵は先に寝なさい」
ママに言われて横になった私は、疲れているのになかなか眠れない。おじいちゃんと、踏切へ電車を見に行ったことなど、忘れていた昔のことが、次々に浮かんでくる。それに、夜の斎場は気味が悪い。ここで焼かれた何万という人たちの魂が、漂っているような気がするからだ。何よりも怖いのは、向かいの部屋に、他の家の遺体が2つ、安置されていることだ。

突然外で、ギャーッとひと声、鳥が鳴いた。部屋の明かりが少し暗くなって、私がスーッと、暗闇に引き込まれるような気がした時だ。
「ごめんください。失礼致します」
廊下で密やかな、男の人の声がした。
「はい、どうぞおはいり下さい」
ママの声に、入ってきたのは、若い女の人と、おじいちゃんくらいの、男の人だった。

女の人は、華やかな振り袖の着物を着ている。男の人は、白っぽい着物だった。
「あの……こんなにおそく……わたくし……のもので……はじめて……ごあいさつ……」
ぱくぱく口を開けて、喋っているのに、声が低いせいか、よく聞きとれない。どうやら、おじいちゃんの知り合いのようだ。
「こんな時間に、お焼香に来たのかな…」
私は布団の中で、首をかしげた。

2人共、おじいちゃんにそぐわない感じがする。お通夜の晩に、こんなに遅く、しかも派手な、振り袖姿で来るのも変だ。すると、側の棺から、いきなりおじいちゃんが、すっと、起き上がった。
「いやいやこれは……です。なにしろ十万億土の旅……旅は道づれ……どうか……ます。はっはっはっ」
2人のお客さんと、楽しそうに話し始めた。
(やだぁ、おじいちゃんたら、死んでなんかいないんじゃない。もう、脅かしてぇ)
私はほっとするやら、嬉しいやらで、思わず、ふふふっと、笑ってしまった。その笑い声で、目が覚めた。

「なぁんだ、夢か…」
眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠っていたらしい。さっきまで、隣の部屋で喋っていた、パパもおじさんも、寝たのだろう。しんとしてる。ママが疲れた顔で、壁にもたれて眠っていた。

翌日、お葬式が済んで、私達は向かい側にある、焼き場へ移動した。お葬式を済ませた、二組の家族もきていた。台の上に乗せられた棺の前には、それぞれ亡くなった人の写真が飾られている。何気なく私は、隣の棺の写真を見た。あっと思った。写真の人が、ゆうべ、夢に出て来た女の人なのだ。同じ振り袖の着物で、微笑んでいる。私は夢中で、ママの袖を引いた。

「見て、隣の写真!ゆうべ、私の夢に出て来た人なの。会った事ないのに」
するとママは、写真を見て、何ともいえない変な顔をして、私に聞いた。
「どんな夢だった?」
「おじいちゃんが、生きかえった夢」
私は夢のことを、詳しく話した。ママは、信じられないという様子で、
「同じだわ。何もかも。ママもゆうべ、全く同じ夢を見たの。でも、そんな……」

もちろんママも、今まで会った事の無い、人達だったという。
「じゃあ、もう1人の男の人は…」
ママの声が震えている。私はママと、一番端の棺の写真を見に行った。やっぱり、夢に出て来た、男の人だった。
写真は着物ではなく、洋服だったけれど。ママが聞いたところによると、女の人は交通事故で、男の人は、病気で亡くなったという事だった。女の人の両親は、娘さんを棺に入れるとき、成人式で着た、振り袖の着物を、着せてやったという。

成人式にとった、棺の前の写真のように。
「じゃあ、あの女の人、棺から出て……」
と、ママを見ると、ママは青い顔して頷いた。
「そう、あれは夢じゃぁなかったのよ。同じ日に亡くなった3人は、一緒に、あの世へ行くわけでしょ。だから、真夜中に会って、挨拶を交わしていたんだわ」

『棺桶から起き上がった祖父』へのコメント

  1. 名前:7c : 投稿日:2016/09/08(木) 01:51:48 ID:
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    十万億土の旅ってことは西方極楽浄土 、阿弥陀様の浄土だねえ
    宗派が一緒だったのかな
    南無阿弥陀仏

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