忽然と消えた女性

タクシー運転手が山を隔てた隣町へ客を送っていったところ、帰りがすっかり遅くなってしまった。真っ暗な山道で、神経をすり減らしながら運転しているところへ、さらに悪いことに雨が降り出してきた。それでも無事に山腹にあるトンネルの手前まで走ってきたときだった。

かなり激しい雨が降っているのに、女性が一人、傘もささずに立ったまま、その運転手のタクシーを呼び止めようとした。運転手は薄気味悪いものを感じ、一度は女性の前を素通りしたが、雨の中でびしょぬれになっている女性を持て少し気の毒になり、後戻りして女性を乗せることにした。

それでもやはり少し気味が悪かったので、後部座席のドアを開け、女性が車に乗り込んだのを一瞥したきり、まともに見ることをせずに行き先を聞いた。女性は雨にぬれて凍えていたのか小声で運転手がこれから戻ろうとしている町の名を告げた。それからはお互い一言も言葉を交わさず、特に運転手のほうは腫れ物に触るように、意図的に女性の方を向かないようにしていた。

しかし、ようやく市街地に入り少し落ち着いたので「で、何処まで行けばいいんですか」といいながらルームミラーで後部座席を見ると、そこに女性の姿は無かった。ただ、消えた女性が座っていたであろう場所だけがぐっしょりとぬれていた。

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