「私もびっくりしましたよ、最初はね・・・。」

俺はその日も残業だった。疲れた体を引きずり帰路に着く。地下鉄のホームのベンチに鞄とともに崩れるように座る俺。終電の案内がホームに流れる。ふと見渡すと、ホームには俺一人。そりゃあ連休中日に深夜まで働いてるやつなんかそうそういるもんじゃない。 フッと自嘲の笑いも漏れるというもんだ。

が、そのとき、ホームへのエスカレーターを小さな子供が駆け下りてきた。えっ?とよく見ると、そのすぐ後ろから母親らしき人が下りてきた。
「○○ちゃん、ダメ!母さんと手をつなぐのよ!」
3才ぐらいか。まだ少ない髪を頭の天辺でリボンみたいなので結っている。

俺の目の前で母親は女の子に追い付き、しっかりと手を握った。到着案内板が点滅し、電車の近付く音が聞こえてきたので俺は立ち上がろうと…そのとき、その母親が女の子の手をぐいと引っ張りホームから消えたんだ。

いや、あまりに一瞬のことで訳も解らず俺はホームを見回す。確か、非常停止ボタンがどこかに…ダメだ、間に合うわけない!こうなったら俺が飛び降り、親子をホーム下に押し退けるんだ、うん、それしかないっ!

「あんた、何してる!」
背後から声が。駅員だった。
「お、女の人と・・こ、子供が今飛び込んだんですっ」
焦って噛みまくる俺。

そこへ電車が入ってきた。あぁ、遅かった。涙が溢れる俺。身体の震えが止まらない。俺の顔を黙って見ていた駅員が言った。

「私も初めはびっくりしたもんでしたよ。」

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