【神の使い】滝壷に棲む大ヤマメ

俺は田舎出身で、小学校時代は近くの山の沢の滝で遊ぶのが日課だった。その滝は25メートル四方ぐらいの滝壺に注ぎ込んでいて、そこには「お滝」という大ヤマメがいると言われていた。お定まりの滝に住む大動物は神様の使いとか言う…。

俺が高校に上がったころ、渓流釣りにはまり、「お滝を釣り上げよう」と考えて、いざその滝に行った。ところが、待てど暮らせど、かからない。いるのかいないのかも不安になってきた。帰ろうとした矢先、目の前で一瞬水面が弓なりに持ち上がり、でかい鯉かとも思うようなヤマメが飛び跳ねた。1メートルはあったかと思う。

月日は流れ、俺が社会人になったとき、滝の上流にゴルフ場が出来ると聞いた。俺が滝に駆けつけた時にはすでに遅く、沢の水は重機にかき回されて茶色く濁っていた。あちこちに藻が発生し、滝自体がドブのような臭いになっていた。そして、滝壺のほとりには巨大な魚の死骸が…。

俺は泣いた。腐って死臭を放つ頭を抱いて、おいおい泣いた。高校生の腕には余る相手だったけども、いつか俺が釣ってやると決めていたのに。滝の神様なら、こんな風に腐臭を漂わせながら死んで欲しくなかった。俺は亡骸を引き上げて、滝の近くに埋めた。水の生き物を陸に葬るのはどうかとも思ったが、そうしなければいけない気がしていた。

その晩、夢を見た。老人ホームの前で、頑固そうな白髪白ひげのおじいさんが倒れているのに誰も助けないとか言う、そんな夢。俺は「フラワーエッセンス」というのにもはまっていたので、「レスキューレメディ」というのをおじいさんに飲ませたところ、「とりあえず楽になった。有り難う」そして、しゃんと立ち上がり、「お前、俺と勝負するか?どのくらい強くなったか試してやろう」…というところで目が覚めた。

俺は翌日さっそく滝に行ってみた。臭いがかなりきつかったので、動物に掘り返されでもしたら大変だから、念のため。ところが、俺がお滝を葬った場所には、昨日と違って何の臭いもなかった。その代わり、不思議なことにフラワーエッセンスの箱の中の甘い匂いがした。フラワーエッセンスは、保存料としてブランデーやコニャックを使うので、スポイトのゴムを通して箱の中が甘いいい匂いに満たされるんだけど、そのいい匂いが強く薫っていた。気にしすぎなのかもしれないけど、夢のおじいさんはお滝だったのかなと思う。

今から20年ぐらい前の、バブル華やかなりし頃の話。その後、社長が行方不明になったとも、ゴルフ場で首吊りがあったとも言われ、結局オープンしないでだだっ広い荒れ地になっただけだったんだよね。バブルって罪が深いよねぇ。


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