地図で神社を結ぶと現れる「頽馬塚」

小学校でやった郷土学習の話です。住んでいる地域について、6年生の学級をバラバラにした4人のグループで調べました。自分の興味にしたがって、歴史や産業、観光などの分野に分かれたんです。

僕らのグループのテーマは、寺社についてでした。市内全域だと小学生の力では無理があるので、「旧○○町内だけにしたら」って、社会が専門の担当の先生にアドバイスされました。確かにその地区には、小さい神社・・・オサキ様とか、オコガイ様なんて名前の、二間四方ほどのお社がたくさんあるんです。そんなんだから、もちろん神主さんなんていないし、お賽銭箱もないところもあります。あとは神社だけじゃなく、お地蔵様のお堂ですね。そういうのも含めて、まず町の1万分の一の地図に印をつけていきました。

でも、地図に神社マークがついてるのは比較的大きなとこばっかりで、4つしかなく、これだと研究がすぐ終わってしまいそうでした。そしたら、また先生が「こっからが研究だよ。今度の時間は午前いっぱい使えるから、自分の足でまわって歩いてみるといい。校外に出る許可はとってあげるし、先生もついていこう」こう言ってくれたんです。

当日、9時前には学校を出発して、旧町内を回って歩きました。旧町内だと街道沿いに一回りしてきても、2時間はかかりません。グループで分担を決めて、お社やお堂があるところで地図にしるしをつける。あとは写真を撮ったり、御社名を書きとめたり、近くの民家でインタビューもしたんです。これは、先生がいっしょに行ってくれました。何を聞いたかっていうと、そこのお堂を管理している人の名前と連絡先です。

お社だけだと、戸も閉められてて、御祭神が何なのかもわからないことが多いんです。「そういうお社は、必ず掛け持ちで管理している神主さんがいるはずだから、どなたか確かめておいて、後で電話でお話を聞かせてもらうといい。これは歴史だけじゃなく、社会勉強にもなるから」先生はこう言ってました。

ええと確か、大小11の神社があったはずです。それと地蔵堂、古い石塚、道祖神などを入れると全部で20を越えました。で、かなり歩き疲れて学校に戻り、残った時間で回ったところの印をパソコンの地図に入れ直していきました。それを使って発表をすることになっていました。そしたら、面白いことがわかったんです。

神社に印をつけ、先生のアドバイスにしたがって全部を線で結んみました。線と線の重なるところがいくつかありました。たいがいは3つくらいの重なりなんですが、一か所だけ8本もの線が重なる場所があったんです。これは大発見じゃないか、と思って先生に話しました。先生は、僕らのパソコン画面を見て興味深そうな顔をしていましたが「これは、ちょっと偶然じゃないよな。えーとこの地域は昔、ヤチ沼と言われてて、今でこそ民家や店もあるけど、元はずっと湿地帯の広がってたところだよ。埋め立てをしたんだけど、今でも軟弱地盤で地震のたびに家屋の壁にひびが入ったり、傾いたりの被害が出てる。学校からは2kmもない場所だな。今度の午後、2時間続きの時間に行ってみようか」こう言ったんです。

で、1週間後の総合の時間です。先生とグループ4人で、地図をもとにしてその場を目指しました。そのあたりはヤチというだけあって、全体に土地が低いんです。住宅地図だと、神社の線の重なる場所は大きなチェーン店の靴屋の裏側になってました。30分くらいでだいたいの場所に着いたんですが、靴屋はつぶれてて、店が閉鎖されてたんです。裏の駐車場はそのままでしたが、車は一台も置かれておらず、駐車場のさらに奥は空き地で草ぼうぼうになってました。

「おかしいなあ、ちょっとのずれがあるとしてもこの辺りだよなあ。何かがあると思ったけど、ちょっと当て外れだったかもしれないなあ」先生が言いました。9月だったので、草地に入るとヤブ蚊がわっと飛び立ちました。どうしようもないので、写真だけ撮って帰ろうとしたんですが、グループの一人が「あ、あの隅に石碑みたいなのがある」って声をあげました。

見ると、丈の高い雑草に囲まれてたんですが、石の塚らしいものの先端だけが見えました。「やっぱり何かあったか。しかし、大きいものじゃないな」先生が寄っていきましたが、「うっ」と言って片方の耳を押さえてうずくまってしまいました。
「どうしたんですか?」
「いや、虻か何かに耳を刺された。たいしたことじゃないけど、虫が多いな」
先生は、立ち上がって「お前たち、ちょっとそこで待ってろ」
そう言って、あたりの草を塚らしきものの前だけ、足で踏んだり手でつかんで抜いたりしたんです。

塚は高さが50cmくらいでしょうか。表面がぼろぼろに風化してて、かなり古いもののように思えました。表面に「頽馬塚」という漢字3字が彫られてましたが、僕らには読めなかったし、先生もはっきりとはわからなかったんです。「うーん頽廃の頽(たい)という字だと思うけど、これが何の意味かはわからない。まあいいじゃないか、また一つ調べる材料ができた」

これで帰ったんですが、先生はずっとハンカチで虫に刺されたほうの耳を押さえてました。頬のほうまで赤くなっているのがわかりました。その後、学校で調べたら「頽馬」は一発で出てきました。こんな記述があったんです。

「頽馬は路上を歩いている馬を突然にして死に至らしめてしまうという。倒れた馬は、口から肛門にかけて、太い棒を差し込んだかのように肛門が開いているといい、馬の鼻から魔物が入り込んで尻から抜け出すために起こる怪異といわれる」
先生に知らせようとしましたが、パソコン室に姿が見えず。他の先生に聞いたら、虫に刺されたところがひどく腫れたので病院に行ったということでした。それから、先生は何か月も学校を休んだんです。

耳の傷が化膿して、黴菌が血液に入ってしまったということでした。その間に郷土学習の発表会があって、僕らはなんとか自力でまとめましたが、中途半端な内容になってしまいました。先生は冬休み過ぎに出てきましたが、ものすごく痩せてしまっていました。先生は「いや、ひどい目にあった。一時は全身の血液に黴菌が回って、高熱が何日も続いたんだよ。そのときにずっと、目の前を馬が何頭も何頭も、跳びはねながら通っていく夢を見ていた。あの頽馬塚というのは、病気の流行で死んだ馬を埋めたところみたいだね。頽馬を妖怪みたいにいうむきもあるけど、昔の人の伝染病に対する懼れなんだと思うよ。それにしても、小さい神社に囲まれてあるのは偶然じゃないような気がするな。そこが嫌な場所であるとして、あちこちに神社を建てて守っていたんじゃないかな。封印していたっていうか。だから今になってもあのあたりが さびれてるのかもしれない。こういう昔からのことは馬鹿にできない。いい勉強になった」

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