坊主斬り峠にまつわる逸話

飢饉の年のことである。草木は枯れ果て、飢えのために死ぬものが相次いだ。食人が横行し、死人の肉の貸し借りさえ行われる有様だった。

ある日、広島県の東城町の粟田にある大奥寺の坊さんが、竹林の庄屋の名越家に法事に招かれて、大変なもてなしを受けた。庄屋の家は地元の名家で、この飢饉といえども蔵には十分な蓄えがあった。

法事が済むと、住職の前に様々な料理が並べられた。大好物の蕎麦が山のように並ぶと、住職の目の色が変わった。日ごろ、食べるものに事欠いていた住職はそれを夢中でかきこんだ。腹いっぱいになるまで、ものも言わずかきこんだ。

やがて、住職は手厚く礼を言って帰っていった。はや日は暮れていた。峠までさしかかると、二人のさむらいがぬうと出てきた。さむらいの目が住職の腹を見つめた。その体は枯れ木のように痩せ細り、眼ばかりが光っている。

「和尚、法事の帰りか」
「そうじゃ」
住職は、気味の悪いのを抑えて一息入れた。
「何ぞ食うてきたな」
「それがのう、蕎麦が山ほど出てきた」
とさむらいの一人が住職の後ろへ回った。
「食った後で茶は飲んだか」
「何の、茶も酒も飲むものか。ここ何日も食うとらんけ、夢中でかきこんだわ」
「坊主、許せ」

一瞬、背後から斬りつけた。悲鳴をあげ、住職が仰け反ると、もう一人が腹に刀を突き立て、一文字に切裂いた。倒れた住職の腹からぬるぬる血だらけの蕎麦をかきだすと、笠に載せ小川へ走った。茶を飲んでなかったので、蕎麦はそのままの形をしていた。

二人のさむらいは、流れに蕎麦を洗いながら、息もつかずに食うた。

夜が明けると、住職の死骸にカラスが群がり、ついばんだ。住職は白骨となって土に横たわっていた。砂塵が吹き寄せた。
それ以来この峠は「坊主斬り」と呼ばれるようになった。

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