まだ私が高校生の頃の話。私は部活が終わり、バイトに励んでいた。バイトを続け半年たったころ、ある女性が入ってきた。その女性は見るからに明るくて、優しくて、頑張り屋さん。初対面はそんな印象だった。
それから3ヶ月が過ぎた。女性は第一印象通りの人だった。店長にいくら文句を言われても、どんなに忙しくても、誰かに陰口を叩かれようとも、人の言葉を軽んじてる訳じゃなく真っ直ぐに明るかった。私はその人に好感を持っていた。
ある日、バイトの時間よりも早く職場に着いてしまった。休憩室で誰かと話しとけばいいか、と思った私は着替えを済まして休憩室に向かった。すると休憩室の中にはその女性がいた。軽く挨拶を交わして雑談を始める。会話がひとしきり盛り上がったところで、ふと気になっていた質問をしてみた。結婚はされとらんのですか?その女性は少し驚いた表情をしたあと難しい顔になり、他の誰にも内緒という条件で私に教えてくれた。
その女性は夫がいたらしい。子どもが生まれしばらくすると、その夫に癌が見つかった。一年半の闘病生活を送った後奇跡的に回復。しかし再発し、闘病も虚しく亡くなったそうだ。生前はとてもシャイな夫だったらしい。結婚指輪も結婚式当日につけたっきり、その後は机に入れたまま。「つけて」とお願いしても「恥ずかしい」と言って断るくらい。セロリが好きで人参が嫌いな変わった人だったとか
夫と過ごした日々が私の人生の全て。後は夫が残してくれた子どもを立派に育てて、心の中にいる夫と共に老いてゆきたい。だからもう自分は結婚しないのだという話だった。あんなに明るい女性からは想像も出来ない過去だった。私ならきっと耐えられない。
話し終わった時、女性の目からは涙が溢れていた。上手くフォローする自信が無かった私はお礼を言って休憩室から出た。五分後に出てきた女性はいつもの顔に戻っていた。 気丈な人。尊敬するくらい。
それからしばらく時が経ち、バイトの準備をしているといきなり霊の気配がした。辺りを見回すが何もいない。すると従業員用口が開き、「
おっはよぉ~」と言って女性が入ってきた。いつも以上に明るい。霊の気配も女性からする。「どうしてん?何か良いことあった?」と聞くと小声で「今日は20回目の結婚記念日なの」と。
凝視すると、ぼんやり男性と思われる霊が見えた。その男性の左手の薬指には、永久の契りが輝いていた。