毎度同じ場所で見る人がいた。人と言っても生きてはいない。その場所とは、数年前に新婚夫婦が越してきた家の庭。その家は、新婚夫婦の住む前は空き家だった記憶がある。
ある日の夜、その家の前を通りかかった。毎度いる人の様子が違っていた。いつもはジッと家を見つめて立っている人がその日はしゃがみ込んで空を見上げていた。何か起こす気だろうかと思って私はしばらく様子を見ていた。数分後に下を向いただけで、特に中の家の人に影響を与えた様子はなかった。私は安心して帰ろうとした。
前を向いた時、すぐ後ろでしゃっくりみたいな音がした。驚いて振り返ると、先程の人が私を見つめていた。見つめ合ったまま沈黙した。対峙した感じ女性のようだった。私に恐怖心は無かった。
何故なら、女性から感じたものは怨念とかそういった類いではなく、悲しみに似たものだったから。時折頬を手で撫でる涙を拭うような仕草。私に気づいているのだろうが何かを伝えてくる様子も無い。しばらくすると女性は私から門扉に視線を移し、またしゃがみ込んだ。表札を見ていた。突然無気力そうに立ち上がり、表札に手を伸ばす。指で表札をなぞる。なぞり終わったら、がっくりうなだれて女性は消えた。 私は不思議な気持ちになったまま取り残された。何故か私は悲しみの理由を知りたくなってしまった。
その翌日から私はあの家について調査を始めた。些細な情報をもかき集め、あの家を最初に購入した人物に接触することができた。30代くらいの男性だった。あの家の前で見た出来事を話すと、男性は沈黙したまま聞いていた。私が話し終えた時、男性は涙を流していた。
涙がおさまってきたころ、男性が重い口を開いた。あの家の建設工事中、奥さんと何度も出来映えを確認しに行っていたらしい。まだ結婚したてで、2人で幸せな未来を描いていた。そんな中、奥さんが交通事故で亡くなった。男性は、新居になるはずだったあの家を、未使用のまま売ってしまった。居れば辛くなるから売ったんだ、と涙を流しながら教えてくれた。
私の中で散らばった出来事がつながった。私はその男性を連れ、例の家へ向かった。そこにはいつもの女性の霊。男性に気づくと悲しそうな雰囲気が明るくなっていく。嬉しそうな顔だ。男性に奥様がいる辺りを教える。男性が手を伸ばし奥様に触れた時、私を見て、にこりと微笑んで消えた。ありがとう、そう聞こえたような気がした。私の目から涙が流れていた。