鎮魂の「鳴り釜」

今から20年ほど前、兵庫県東部を流れる武庫川が集中豪雨の影響で大増水した。この豪雨はあちこちで路面冠水や民家の浸水を引き起こし、かなりの被害を出した。中でも最悪の悲劇は、西宮市塩瀬町生瀬で発生した土石流による被害であった。


国道176号線を宝塚駅から3キロほど北上すると、太多田橋という交差点がある。そこを左折すると、名勝”蓬莱峡”を経て有馬温泉へ抜ける峠道となる。その途中にいくつかの採石場があり、そこの作業員数名が件の集中豪雨による土砂崩れに飲み込まれ、帰らぬ人となったのだ。

土石流に飲み込まれた彼らは、武庫川の支流である太多田川に流され、そのまま増水した本流に巻き込まれた。轟々と流れる濁流が、行方不明者の捜索を大変困難なものにした。そして、犠牲者の全員が発見されたのは、事故から数日後のことだった。ある者は延々と武庫川の河口まで流され、最後に発見された遺体は神戸港湾内まで押し流されていた。

事故からどれくらい後のことだったか定かではないが、私はとあるテレビ番組を観ていた。いわゆる昼間のワイドショーだが、内容は心霊モノの特集のようだ。生放送でスタジオと中継地を結び、レポーターがなにやら神妙な顔をしてしゃべっている。中継地は西宮・仁川の熊野神社である。自分の地元がとりあげられていると知って、私はがぜん興味をそそられた。しかし私にとって、それは非常に後味の悪い経験となってしまった。

神妙な面持ちのレポーターが企画の趣旨を説明している。
「・・・さて、こちらの熊野神社には不思議なものが祭られています。 『鳴り釜』というこの神器は、この世に未練を残して亡くなった、浮かばれない霊魂を鎮める力があると言うのです」
レポーターの後方へカメラがズームする。神官が大きな釜の前で祝詞をあげている。すると、不思議なことにその釜が、かすかに音を発している。

おお――ん・・・おおーーんん・・・
中継はクライマックスを迎えつつあった。祝詞もその調子をいっそう高めてゆく。レポーターが続ける。
「・・・今回は特に、先頃土砂崩れに巻き込まれて亡くなった方々の霊を慰めるために、鳴り釜の神事を行って頂いております。犠牲者の方々の無念な思いは・・・・」
しかしこの後、思いもよらない結末に、この放送に携わった者、いや、神官までもが驚愕することとなったのだ。

うおおおおーーーーーんん!! ぐおおおおおーーーーーーんん!!!
ぐうぅおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーんんん!!!!
戸惑うレポーター。スタジオも騒然としている。神官の顔に、明らかに焦りの色が浮かんでいる。鎮魂がなされると鳴り止むはずの釜。その後も一向に鳴り止む気配がない。それどころか、ますます轟音で響き続ける。予期せぬ事態に中継はカットされ、気まずい空気のスタジオがその場を取り繕っていた。

人の思いとは、そんなに簡単なものではないのだ。

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