不可解な電話

もう潰れてしまったのだが、昔、よく利用していた馴染みの本屋があった。田舎町にある小さな本屋。
店を切り盛りしているのは娘さんと、そのお母さん。ふたりとも笑顔が明るく、親切で、働き者だった。


ある時、わたしはどうしても欲しい専門雑誌があって、その本屋に注文した。対応してくれたのは娘さんだった。出版元に問い合わせてみますが、古い本だから手に入らないかもしれません。でも、色々探してみますので、少し時間を下さい。娘さんは親切にそう言ってくれた。本はなかなか見つからなかった。その頃、わたしは週間雑誌を講読していたので、週に一度はその本屋に立ち寄っていた。わたしが店に来る度に、娘さんは申し訳なさそうに 今あちこち探していますから、と言ってくれた。ある日のことだ。

その晩、仕事で遅くなったわたしが帰宅したのは、午後11時を過ぎていた。すると家族が起きてきて、ついさっき本屋さんから電話があって、注文していた専門雑誌がみつかったという伝言をことづかった と言った。そう伝えた家族の顔は不思議そうだった。本屋の娘さんがかけてきたらしいのだが、電話がかかってきたのは10時半を過ぎていた。普通、こんな夜半に電話をかけたりはしないだろう、と言うのだ。

わたしも何だかヘンな気分だった。馴染みの本屋の母子は常識的な人だから、こんな遅くに客の家に電話をするのをおかしいと思った。それに、次の日はわたしが購読している週間雑誌の発売日で、わたしは必ず店に立ち寄っていた。本屋の娘さんもそれを知っているハズだ。雑誌がみつかったのなら、その時伝えれば済むこと。だが、時計の針はもうすぐ午前零時。特に本屋に電話をすることでもない。結局、その日はそのまま眠りについた。

ゾッとする事件が起きたのは、次の日だった。いや、正確には「ゾッとする事件が起きたのを知ったのは」、が正しい。仕事の帰りに馴染みの本屋に立ち寄ると、店のシャッターが下りていた。今日は定休日ではない。シャッターには「都合によりしばらの間休業いたします」の貼り紙があった。楽しみにしている週間雑誌は買えないし、注文していた専門雑誌のことは気になるしで、わたしは、本屋の隣で営業している文房具屋に入って、店のおばさんに「本屋さん、どうして休みなんですか?」と訊いてみた。

文房具屋のおばさんは眉をしかめた。それから、さも一大事というような口調で、わたしに言った。本屋さんの奥さんと娘さん、どうも亡くなったらしいんですよ。今、警察が調べているらしいけれど・・・わたしは事情が飲み込めなかった。警察が調べているということは、普通の死に方ではなかったという事だ。

とりあえず、週間雑誌をあきらめて家に戻ると、家族が地元のニュース番組を見ていた。そして、帰宅したわたしをテレビの前に引っ張って行った。地元のテレビニュースで報道されていたのは、一家惨殺の陰惨な事件だった。被害者は本屋の奥さんと、娘さん、その祖母、そして娘さんの兄弟だった。犯人は父親。

昨晩8時30分時頃、父親が突然 ナタで一家を次々と殺害した という内容だった。警察がかけつけた時、一家は父親以外、皆死んでいたらしい。一番最初に襲われたのは、娘さんだったという。わたしは呆然とした。

それなら、昨夜10時半過ぎに我が家に電話してきたのは誰だったのか。仕事に対して真面目だった娘さんが、最後の仕事をしたのだろうか?その後、本屋に注文していた専門雑誌は手に入ることはなかった。一家が惨殺された家は空き家になり、地元では、窓越しにその家の中をのぞくと、血まみれの女性がこちらを見返すという噂がしばらく流れた。

今はその家も取り壊されて、無いらしい。

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