もう二十年ほど前になるが、代理で母の実家に新盆見舞いに出かけた時のこと。
大正生まれのおじいさんは兄弟が多かったから、集まった親戚もかなりの人数。母方の親戚とは子供の頃に会ったきりのわたしにとって、ほとんどが初対面と言う状態だった。
まぁ、新盆で忙しいのは女性陣だから、知らない人ばかりでも特別困ることなく、盆提灯を眺めながら座敷の隅っこでお茶をすすっていると、背後にスウッ・・と、気配を感じた。振り向くと、背後の廊下に女の子が立っている。
年は5~6才ぐらいだろうか。白いワンピースを着ているせいか、彼女の顔色はやけに青く、瞬きもせずに新盆の祭壇を見つめていた。なんだろう・・・とは思ったが、初対面の少女に馴れ馴れしく声をかけるのもはばかられ、わたしは少女が見つめる祭壇に目をやった。
新盆の祭壇にはキュウリやナスで作った牛馬が飾られ、両側にはクルクル回る盆提灯が一対。祭壇の中央でぎこちなく笑うおじいさんの遺影の前には、生前好きだったタバコや酒の他に、ブドウや桃などの果物が高く盛られている。よく見かける新盆の飾り棚だ。一体なにが少女の興味をひいたのだろう、と、チラリ後ろに視線を移すと、少女はすでにいなかった。
それからしばらくして、坊さんの読経が始まる頃になると、あちこちウロウロしていた親戚たちは座敷に顔をそろえ、神妙な顔つきで席に着いた。わたしは相変わらず座敷の一番後ろに座っていたのだが、なにやらまた、背後に気配を感じた。
何気なく後ろを見ると、あの白いワンピースの少女が立っている。少女は座るでもなく、手を合わせるでもなく、ただ青白い顔で無表情に祭壇を見つめていた。その様子がなんとなく薄気味悪く感じられたわたしは、ここに座ったら?と、小声で促したのだが、少女は瞬きもせずに血の気の無い顔でジッ・・と、祭壇を凝視している。
・・・・この少女はこの世のものではないんじゃないか・・・みっともない話だがフツフツとそんな気がしてきて、わたしは空いている席に移動しようとした。その時だ。
座敷の真ん中あたりに座っていた女性が、少女に気付いて手招きした。こっちへ来なさい! 声を出さずに女性の口だけがそう動いた。思わず少女を見ると、眉間にしわを寄せて首を振っている。少女を呼んでいるのはおそらく母親だろう。子供が言うことを聞かないのでイライラした顔つきになってきた。
座敷には他の親戚の子供も幾人かいて、みんな親の側に大人しく座っているのに、自分の子だけが廊下に突っ立ったままでいるには我慢がならない、という様子だ。最終的に母親は席を立って、少女の腕をつかんだ。
無理やり座らせようとする母親と、言うことをきかない娘。居合わせた人たちは知らん顔していたが、成り行きを興味津々に見守っている、といった風情で、チラチラと親子に視線を走らせている。
座りなさい! イヤだ! 座りなさい! イヤだ! ・・と、親子の押し問答は数分続き、坊さんのお経が終わる頃、少女の一言で幕が下ろされた。だって「顔」が 「あっちに行け!」って睨むんだもん!
坊さんも含め、座敷にいた人たちは静まり返った。それから、少女が指さす祭壇を見た。少女は言うのだ、おじいさんの遺影の前に顎がない女の顔があって、この部屋に入ってくる人間を睨みつけながら「あっちに行け」と怒っている、のだと。
誰にも見えない女の顔。顎が無い女の顔。少女を怯えさせていたモノの正体は誰にもわからないが、坊さんは後日、わざわざお祓いに来たという。本当にあった新盆の怖い話。