すでにこの世には居ないはずなのに

これは、まだ私が小学校中学年の頃の話。年号はまだ昭和だった。




ある日、隣のベッドで新聞を読んでいた母が、「あらー?!」と、感嘆の声を漏らした。「何があった?」と、私が聞く前に自分から説明を始めた。

当時うちの両親の関係は泥沼化していた。母は、別れを切り出していたが父はどうしてもそれに応じず、連日二人は長い話し合いをしていた。母はもうそれに辟易し切っていて、近所に部屋を借りて半別居をする様になった。私がまだ小さかったから、遠くに行くことは出来無かったのだろう。当時、家は山の手線某駅の近くに有り、母は線路の向こう側のホテル街の真っ只中にアパートを借りた。私は其処に数回行った筈だが、もうその部屋の記憶は無い。

母は其処に本格的に住むつもりはなかったらしく、電話を引かなかった。当時は携帯は無かったから、自分に用のある人は、同じアパートに住むある女性に連絡してもらうようにと言っていたらしい。私は会ったことが無いが、母とその女性は世間話をする仲だったらしい。

ある日、その女性は母にあることを打ち明けたそうだ。そのアパートに住む前は、東京の何処かに部屋を借りていたが、毎晩枕元に女が立って彼女を見下ろすようになった。その現象が続き、堪らなくなったその女性は、他の部屋を借りて移ったのだが、その努力も虚しく女の幽霊は新しい部屋にも出る様になってしまったということだ。その女性がお祓いなどを受けたのか、女の霊がどんなルックスだったかなどの詳細は特に聞かなかったらしい。

そんなある日、母はある記事を新聞の中で見つけてしまったのだそうだ。なんと、その取次ぎの女性はその時すでに殺害されていて、彼女の住んでいた部屋の洋服箪笥に押し込められていた事が発覚したという記事だ。犯人は男で、痴情のもつれが原因だったいう。勿論、彼女が遭遇したと言っていた心霊現象とこの殺人事件との因果関係は不明だが。

今考えると、10歳にもならない子供にこんな不吉な事を吹き込むなんて本当に家の母は非常識だと思うが、余りの驚きで自分一人で抱えてる事が出来無かったのであろう。しかし、未だに身近に起こった嫌な後味のこわい話である。

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