廃トンネルで憑依された話

愛知県の山道にある旧伊勢神トンネルは、交通量の増した今日では狭過ぎ、別に新しく大きなトンネルが造られたので、今は使われていません。しかし、「出る」という噂を聞きつけてやってくる人々には、そのいかにもという古めかしい姿が喜ばれているようです。しかし、地元の私はあえて見に行くという事もしませんでした。私がこのトンネルを通るはめになったのは、単に道を間違えたからです。




バイクで足助へ遊びに行った帰りです。もう夜中でした。新トンネルへ通じる道を間違え、旧トンネルへ続く支流に入ってしまったことに気づいたのは、目の前に今にも崩れそうなトンネルが見えてきた時でした。

トンネルの中は真っ暗で、狭い道と苔むした壁をライトが白く照らすのみです。危険なので時速30キロ程の速度でゆっくり進んで行きました。しかし、トンネルの中ほどまで来た時です、車体がガタガタと揺れると、突然エンジンが止まりました。同時にライトも消えてしまいました。完全な暗闇に私は動転し、慌ててスタートキーを回しましたが、キュルキュルとセルの音がするだけで一向にエンジンがかかってくれません。どういうわけか、エンジン内のガソリン濃度が急激に低下した様子です。

私はなるべく真っ暗な周囲を見ないよう、手元だけに集中しながらコックを回してガソリンをエンジンに流し込み、チョークレバーを引くと、頃合いを見計らって一気にエンジンを再起動させました。

パッとライトも点灯し、ほっとした私は早速走り出そうと目線を前に向け直しました。その瞬間目に飛び込んできたのは人の顔でした。白い顔がライトに映し出されるように宙に浮き、じっとこちらを見つめていました。 私は凍りつきました。思わず悲鳴を上げそうになりましたが、「恐怖で理性を失ったら負けだ」と本能的に感じ、ぐっとこらえると、次の瞬間「ふざけるなぁぁ!」と叫び全速で「顔」に向かってバイクで突っ込みました。

それからはよく覚えていません。間もなく真っ暗なトンネルを抜けると、月明かりに照らされた下り坂へ出、そのまましばらくでオレンジ色の外灯の続く太い通りに合流しました。それでも山道が続く間は気を強く持ってあえて焦らず走って行きましたが、ふもとに出た途端に緊張の糸が切れ、ヘルメットの中で絶叫すると猛スピードで街を目指して走り出しました。

後日、私は再び「顔」と対面することとなりました。岐阜の養老町で用事を済ませ、すっかり夜も更けたので、早く帰ろうと自動車のライトをつけた瞬間です。何もない空中に、ライトの光で浮かび上がるように例の「顔」が出現しました。

私は、今度は怖れるよりむしろうんざりした気分になりました。前この「顔」を見たのは去年の夏、その時とは場所も乗り物も違うのに、再び彼(?)が現れたという事は、私自身に憑いている(それもおそらく去年から)ということを意味しているからです。

これ以来、夜中寝ている時に、誰も居ないのにすぐ耳元で人の走り回る音がしたり、梁や天井がやたら音を立てたりで落ち着きません。寝不足で困っています。御祓いでも受けたほうが良いのでしょうか・・・。

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