豊穣の神が降りる滝で拾った黄色い勾玉

何年か前の忘年会で、久しぶりに会った友人が話してくれた不思議な話です。うろ覚えで、多少改変されているかもしれませんが、おおめに見てください。

車会社で仕事をしていた友人は、仕事柄、全国とまではいかないものの各地を行き来し、毎日疲労をためていました。久しぶりに休みらしい休みができた友人は、仕事のストレスと疲労から解放されたくて、はっきりとした行先もないまま電車を使って北陸あたりの田舎へ単身旅行に行ったそうです。旅行といっても、自然に囲まれた場所のきれいな空気を吸うという程度で、山を登るとか、大きな目標はありませんでした。バスを乗り継いでただただその近辺を周るだけでしたが、それでも疲れは十分に癒えたそうです。不可解な出来事は、最終日の昼下がりに起きました。



バスを降りて、ベンチでも探してそこで弁当にしようと、古臭い小屋を構えたバス停で降りて、そこで昼食をとることにしました。バスを降りてみると、車体の高さがからでは見えにくい位置に、おじさんが座っていました。軽く挨拶でもして、何かこの辺の話でも訊こう。
友「こんにちは。」
爺「・・・。」
挨拶をしても、相手は黙り込んだまま。帽子を深くかぶって下を向いているせいで顔はよく見えません。
友「あの~。すみません。この辺で何処か景色のいい場所とか・・・」
突然、友人の言葉を遮るように、
爺「どうした若造?こんな暑いのに長袖なんか着て。」
昔話を読んでよく想像するような、優しい老人の声でそう言ったそうです。しかし、今は秋から冬に移ろうとしている頃。それなのにおじさんは半袖のシャツに短パン、足にはサンダルという格好でした。ここで既に友人は霊的なものと感づいていたらしく、服装のことにはあまり触れなかったそうです。

友「この辺で、いい景色の場所とかありませんか?」
爺「あぁ、知っとるよ。なんやったら、案内しちゃろうか?」
親切に頷いてくれたおじさんは、それでもまだ帽子を深くかぶり、うつむいた状態。でも見えない口から聞こえてくる声は、確かに元気が溢れていました。

昼食を済ませ、食べている間におじさんとの会話も弾み、おじさんは友人を、滝がよく見える場所まで案内してくれたそうです。
爺「ここらでは一番、綺麗なとこだって、ここらをよく知る人らは口をそろえて言う。何より、この滝には、毎年除夜の鐘が鳴ると、豊穣の神さんが降りてくるって言われとる。皆それを信じて、確かな方法もないんだけど、何かしらの祈りをささげに、毎年ここに来るんだ。わしが見てきた限りじゃ、それがきっかけで生まれた、目覚ましい発展っちゅうのは、なかったもんだがなぁ。」
友「そうなんですか…。」

確かにきれいな景色でした。岩壁を力強く流れ落ちる水と、それを覆うように岩壁から生えた植物。どうしてもそれをいつでも見れるものにしたくなって、使い捨てのカメラを鞄から出して滝に向けたとき、
爺「やめろ」
小さいながら、荒らげた口調でおじさんが言い放ったそうです。
爺「この自然の産物の価値が落ちるじゃろうて。おぬしが眺める目的ならともかく、誰かに見せびらかすつもりなら、やめたほうがいい。こういうものは、本物を見るのがいちばんなんじゃ。紙切れに写ったそれはしょせんただの偽者だ。豊穣の神さんは、そんなものも好きじゃぁないって言われとるしな。」

すっかり圧倒されてしまった友人は、家に帰る前に、礼を言おうと、おじさんのほうを見たのですが、音もなく、おじさんはいなくなってしまったそうです。

我に返った友人は、さっきの衝動を抑えきれず、滝と、その周辺の景色を数枚フィルムに収め、森を抜けました。その最中、黄色い勾玉に似た形のストラップらしきものを拾いました。

すると翌日から、体調が安定しなくなったり、移動中の車のタイヤがパンクするなど、不調な日々が続いていました。やっぱり撮るべきじゃなかったのかと、霊感のある上司にその写真を見せたところ、意外な返答が返ってきたそうです。

上「確かにその類のものはあるっぽいけど、害悪なもんじゃないよ。たぶん」
友「え、でも、何かこれを現像してからなんか俺ツイてないっていうか…」
上「逆にご利益受けてるような気もするし、俺より専門的な方に頼んでみたほうがいいんじゃない?」
友「あ…はい…わかりました…。」(ますますわけがわからなくなってきた。この写真がそうでないとすれば、俺何か向こうで変なことしたかな…。)

友人が寺でその写真と、念のためカメラも見てもらったそうです。
寺「あ~これは結構複雑だなぁ。」
友「そんなに悪いんですか?」
寺「いや、そうじゃないんだ。いいのと悪いのが混ざっちゃってる感じなんだよなぁ。」
真剣に悩んでいる友人を相手に、軽い感じで対応する住職に若干の苛立ちを覚えながらも、友人は話を聞いていました。

寺「確かにそのおじさんが言ってた豊穣の神ってのはいるけど、何もそんな厳しい感じじゃないよ。良い事があるかと言えばそうじゃないんだけど、おじさんが大げさすぎたんじゃないかな。」
友「は、はぁ…。」
寺「体の不調とか、運勢が落ちたりってのは当たってるね。実際君がそうなってるわけだし。」
友「えぇ…まぁ…。」
困り果てる友人に、急に住職は落ち着いたトーンで話し始めたそうです。

寺「あの、もしかして、おじさんの落とし物とか一瞬でも触れなかった?」そういえば、森を抜ける最中に拾ったものがあったので、住職に見せました
友「これなら。」
寺「やっぱりね。」
お見通しとでもいうかのようなドヤ顔で納得したように何度も頷く住職。

寺「人が落し物をわざと落とす理由って知ってる?」
友「確か、高価なものに憑き物を宿して、拾った人に押し付けるため…でしたっけ?」
寺「そう、おじさんは多分その方法を利用して、君に福を与えたんだと思う。きっと近いうちに、泡銭が入るかもよ。」
今は体の不調はすっかりなくなったみたいです。運はどうしようもありませんが。友人は今でも、休みの日にはその滝を見に行っているそうです。

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