中学のころ、年寄りの先生から聞いた話。実家のあたりは未だにコンビニすらない田舎だが、先生が子供の頃はそれはもう山奥、という感じだったそうだ。四面を山に囲まれ、見渡す限り田んぼで、6月のこの時期はカエルの合唱やらホタルが凄いらしい。(ちなみに現在も凄い)
田植えも済んだ頃、先生はまだ暗くなりきってない夜の農道を歩いていた。見回りが子供の仕事だった。ぶらぶら歩き、何個目かの田んぼを覗き込もうとしゃがむと、少し離れたところから何かの足音が聞こえてきた。ドタドタとした…たとえるなら、太った人が裸足で歩いているような感じだった。
『なんだろ?』
猪だと危ないので、しゃがんだまま息を殺した。音のした方を見てみると、草むらごしに何かが走っているのが見えた。長い髪でやたら太い手足の(恐らく)女が、蜘蛛みたいに四つん這いで走っていた。前方を見据
え、頭と背中は動かさず、直角に曲がった手足だけが凄い勢いで動いていた。
あまりの出来事に呆気に取られていると、それは川の方から山の方へ走り去っていった。先生は驚いたが、まだ子供だったので『すごい生き物がいるものだな』程度にしか思っていなかったらしい。大人に聞いてみても誰も知らないというので改めて怖くなったが、祟りだのといったものはなかった。『しゃがんでたから良かったけど、もし見つかってたらどうなってたんだろうな?』でこの話は終わった。子供が農作業を手伝わなくなるといけないので、あまり子供には話さないらしい。こないだ実家に帰ったら思い出した。九州の話でした。