動物ネタでひとつ。狐って、意外と里にもいるもんですよ。まあ僕みたいな片田舎住みに限った話ですが。だだっ広い田んぼを貫いた国道。まさかあんなところで出会うとは思いませんでした。その日、結婚を控えた僕らは日帰り温泉旅行の帰り道で子供は何人欲しい?とか名前はやっぱじいちゃんに付けてもらう?とかそんな話をしながらその道を走っていました。
ふと、道路の真ん中に何か立っているのが見えました。四足の動物。普通狸や猫はさっと道を横切ってしまうもので、野良犬か何かかと思って手前でスピードを緩めました。ハイビームにしたヘッドライトに浮かぶその姿は、まぎれも無く狐でした。初めて見たよ、と僕は言い、ル~ル~ル~…と彼女は嬉しそうに歌っていました。その、刹那。狐が笑いました。犬なんかもするような、ただ口角をニコっとする仕草ではなく、赤く光る眼を「へ」の字の形にして、狐は笑っていたんです。悪寒を覚えました。見てはいけないモノを見た気がした僕は、構わずアクセルを踏み込みました。
狐はトッ、っと駆けて、闇に消えました。そのあと何処をどう走ったもんだか、よく覚えていませんが、気づくと車は僕らのアパートの近所のファミリーレストランの駐車場にいました。笑ったの、見た?僕は彼女に尋ねましたが、彼女の瞳は白目がちで、視線はどこか遠くを見ていました。数年前のことです。それから僕らは結婚してそれなりに幸せにやっていますが、あの夜のことを彼女はどうしても思い出せないそうです。まだ子供はいません。