友人の話。渓流釣りに行き、山中の河原に野営していた夜のこと。竿の手入れをしていると、焚き火の向こう側に何かがいるのに気がついた。姿形はおぼろ気ではっきりと見えないが、不思議にも恐いとは思わなかった。それはじっとこちらを見ていたが、やがてその竿をくれと言ってきた。
彼は少し考えて、恋人と引き換えならあげてもいいと答えた。するとそれはついて来いと言い、立ち上がって歩き出した。素直についていくと、しばらくして崖がオーバーハングしている場所に出た。娘が一人、遺書と書かれた封筒と薬の瓶を持って倒れていた。慌てて道具を投げ出し、介抱したそうだ。気がつくとそれは姿を消してしまっていた。いつの間にか、釣竿が二本と魚篭が一つ失くなっていたという。一本は鮎竿でかなり高価だったらしく、かなり落ち込んだそうだ。その時助けた娘さんは、現在彼の奥さんになっている。